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「ビッキー……で、いいんだよね。いったいこのニイナって人に何をしたの? あなたの持つ力はなんなの?」
おそらくビッキーの言うことが本当だとしたら、これまでに現れた地球意思のなかでももっとも大きな力を持っているに違いない。言葉は慎重に選ぶべきだと思いつつも、目の前の相手の、あまりの大きさに見合う言葉が見つからなかった。
「そう急くな。飯はゆっくりと味わいたい」そして音を立てず、美しい所作でもくもくと食事をするビッキー。「春花も食え。ニイナの飯はうまいぞ」
ムスタファとレミーもそれぞれ食事をしている。よく見ると和食以外にもチキンサラダやマッシュポテトなども用意されている。ムスタファは宗教上の理由で豚が食べられないと言っていたが、もしかするとイスラム教徒なのだろうか。
春花もおそるおそる豚汁の椀を手に取り、ひと口すする。おいしい。
味噌の味そのものが久しぶりだ。アメリカナイズされた味噌スープなどではなく、どこか実家の豚汁の味を彷彿とさせる。
続いて苦手だった筑前煮のニンジンも口に運んでみる。色つやがよく甘い。涙がこぼれる。ニンジンがこんなに甘くておいしいとは知らなかった。
春花は女子としてあるまじき行為だが、茶碗を持ち上げて白米をかっ込む。ジャポニカ米じゃないのが残念だが、白米は白米だ。それを豚汁で流し込む。キュウリの漬け物もおいしい。
「よっぽど腹が減っていたのだな」
ビッキーが言う。春花はいつの間にか涙と鼻水でぐじゅぐじゅになっていた顔を袖口でぬぐう。
「うるさい」
ここまでちゃんとした和食はアメリカに来てからはじめてかもしれない。
「そうか。うるさいついでで悪いが、私がニイナに何をしたか――という話だったな」ビッキーは豚汁をひと口すすって続ける。「私は母性の地球意志だ。大いなる母性の前では誰も抗うことなどできない。私は何もしていないよ」
母性と呼ぶにはただのくそガキに見える。しかも、かなりわがままな……。
「あんたから母性なんて感じたことないんだけど」
春花は洟をすすりながら言う。
「普段は加護が発動しないよう抑えている」そしてビッキーは椀を傾けて再び豚汁をすする。「うむ。やはりうまいな」
「で、千年前って具体的に何時代の人なのさ」
春花の問いにビッキーは箸を休める。
「暦で隔てるのは苦手だが、私の生まれた時代はおそらく飛鳥時代と呼ばれている頃だ」
飛鳥時代と言えば、義務教育で習った覚えがある。うろ覚えだが、まだ西暦1000年にも達していなかったはずだ。
「その流暢な英語はどこで覚えたの?」
春花はこわばる頬で必死に笑みを作る。
「これだけ生きていれば異国の民や言葉と触れ合う機会も多い」
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