12人が本棚に入れています
本棚に追加
接触者
鉄雄が新菜の手伝いをするようになってから、いつの間にか半年もの月日が流れていた。
英語もかなり話せるようになってきたし、穀潰しでも見るかのような白い目線も随分と減り、リトルトーキョーの人たちは本当によく、鉄雄に接してくれた。
こうして鉄雄が、ちゃんとご飯を食べて生きて働いている理由は、まだ模索中だ。
「ホムラ兄ちゃん、いつになったらニイナと結婚するの?」
英語でそう冷やかす子供の相手も今や手なれたものだ。
「するわけないだろ。残念だけど、あいつとはそんな関係じゃない」
ロサンゼルスで自動車の運転免許を取得し、軽トラックで福野屋で使う食材を運ぶ鉄雄。不思議なもので、あの地獄の夜までの保村鉄雄という人物はあの日に死んだかのようで、今や新たな人格が形成されたかのように強気で自信に満ちている。まるで、終わりから生まれなおした新生児のようだ。
同様に、リトルトーキョーの日本人被災者たちも落ち着きを取り戻して、それぞれの職に就いて第二の人生を歩みはじめている。
まだ地球意志は世界各地に出現していて、建物を押し潰すような豪雨や巨大な津波によって多くの死傷者を出したり、突然、街がまるごと樹海に飲まれたり、砂漠化したりと、常軌を逸した天災を引き起こしているという。
あの日、一夜にして日本を滅ぼし、朝鮮半島を半壊させたほどの大規模災害こそ起きていないものの、ここアメリカ合衆国でも特にハリケーンによる被害が頻発していて、そこにも地球意志が関与しているともっぱらの噂だ。
そのたびに、あの黒い巨人の嘲笑うかのような灼熱の双眸が鉄雄の脳裏をよぎる。
忘れることなど決してできないが、今はあの記憶に寄り添ってくれる人たちがいる。
民家や街路樹が色とりどりのイルミネーションで装飾されている。クリスマスイブを明日に備えて各家庭に家族や親戚が集まり、豪勢な食事をして過ごすのだ。その翌日のクリスマス当日は、毎週日曜日には教会に行って感謝と祈りを捧げるのだとか。
明日と明後日は福野屋も店を休み、かくいう鉄雄もウィルクス家の晩餐会に呼ばれている。
クリスマスの過ごし方といえば、日本ではもっぱら恋人と過ごす日というイメージだったが、アメリカでは家族と過ごす日というのが普通らしい。
その日本人の変わった過ごし方を知った上で、子供たちは鉄雄と新菜の間柄を茶化してくるのだ。
正直なところ、鉄雄自身も何度か新菜のことをそんなふうに意識したこともある。
あくまで意識したことがあるというだけで、まだ特別な感情を抱いてはいないし、新菜のことだから、相手が誰であっても同様に困っている人がいたら手を差し伸べるに違いない。
最初のコメントを投稿しよう!