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地球意思
轟々と巻き上がる火柱の中、保村鉄雄は確かにその姿を見た。身の丈五メートルはあろうかという漆黒の肌をした巨人の姿を。
漆黒の巨人の肌に灼熱の紋章が走り、それが掲げられた右腕に収束し、呼応する大地は溶岩と化して周辺の建物や逃げ惑う人々を飲み込んで、それらを一瞬にして蒸発させた。
崩落した高速道路に逃げ道を塞がれた鉄雄はどうすることもできず、恐怖と絶望のなか、燃え盛る巨人の姿を目に焼きつける他になかった。
大地と炎を使役する巨人は街を、車を、人を燃やし尽くしながら進撃し、人類が築き上げたものすべてを否定するかのように笑みを浮かべていた。
夜空は真っ赤に焼け落ち、山々は連なるように噴火し、火の雨を降らせ、悲鳴さえもかき消す爆炎と熱風に飲まれ、成す術もなく意識もろとも燃やし尽くされ、その日、日本という国は一夜にして焼失した。
アメリカ合衆国から要請された救助ヘリ、ブラックホークのローターの音で目を覚ました頃には、ガラスと化した黒い焦土と、灰色に煤けた空。そこに鉄雄の知っている日本という国は無かった。
ロサンゼルスのダウンタウンの一画を占めるアメリカ最大の日本人街、小東京こと通称リトルトーキョー。今や、あの惨劇から生き延びた日本人の多くがここで生活している。
あれから半年、現地には日本語と英語の両方を話せる人が多く生活しており、言葉の壁は思っていたより早く乗りこえることができた。
だが、あの炎の記憶はそう簡単に消えてくれない。今でもずっと頭のなかに焼きつけられ、どす黒い煤となって、べったりと脳裏にへばりついている。あの日、確かに鉄雄と巨人の目が合ったこと。真っ黒な顔に浮かぶ灼熱色の双眸が笑うようにして弧を描いたこと。
毛布の中でその笑う目に怯えていると、こんこんとドアをノックする音に我に返る。
「飲み水と黒肉とブロックパン。あと、トマトスープ缶。これ結構重いんだから、女の子に運ばせないで、たまには自分から取りに来たらどう?」
毛布の隙間から声の主を覗くと、そこには日系アメリカ人の少女、新菜・ウィルクスが仏頂面で開け放たれたドアに体を預けていた。
この半年、ずっとベッドの上で眠ることもできずにうずくまっている鉄雄に、新菜は何かと世話を焼いてくれる。
「また残してるし」おそらく先週持ってきてくれた食料のことを言ってるのだろう。「故郷を失ってつらいところ悪いけど、毎週こんな重い荷物を運んで、乙女の腕に力こぶができたらどうしてくれるの。そもそも、地球意思の姿を見て生きてるだなんて、逆にすごいことなんだから」
言葉こそ咎めるようなものだが、一切の棘を感じさせないその口ぶりに、彼女なりの優しさから言っていることくらいわかっている。
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