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高校校の同窓会、七十歳の集い。
元少年少女たちが、ホテルの大会議室に集まり始める。
全校生徒のうち、参加者は三分の一程だろうか。それでも五十名以上は出席する予定だ。
今回の注目の的は、初めて同窓会に顔を出す、タレントの斉藤│睦美〈むつみ〉だろう。
本名は石黒│睦実〈むつみ〉。愛称はむっちゃん。
むっちゃんは、高校時代の私の一番の親友だった。
むっちゃんは、同学年の女子の中で一番背が高かった。背が高いくせに、少々運動音痴なのがかわいかった。入学当初、運動部にスカウトされてバレー部に所属していたが、長く続かなかった。練習の厳しさ故、夏前には早々と音を上げ、私が所属する美術部に転部してきたのである。私とむっちゃんの付き合いは、そこから始まった。
漫画を読んだりイラストを描いて遊ぶだけでの、美術部の活動はゆるかった。部活の時間は、昨晩見たテレビドラマや、趣味の映画鑑賞、最近読んだおすすめの本などが主な話題であった。私は、とくにむっちゃんと気が合い、いつも二人で過ごしていた。
やがて受験となり、わたしとむっちゃんは関東の大学に進学することになった。私は東京二十三区内、むっちゃんは横浜。別々の大学だが、会えない距離ではない。こんなに仲良しなのだ。当時の私は、大学に進学しても当然むっちゃんとの友好関係は続くものだと思っていた。
芸能界に興味があったむっちゃんは、
「東京に行ったら、芸能事務所に入ろうと思う」
と、新生活に期待を膨らませていた。
有言実行。むっちゃんは実力で芸能事務所に合格した。私にもメールで連絡が来て、二人で大学入試の合格以上に喜んだ。
むっちゃんは持ち前の明るさと地頭の良さを活かし、地方イベントなどの仕事をするようになった。地方の新聞社がむっちゃんの活躍を伝えるネット記事を見つけて、私は驚いた。
むっちゃんは同じ事務所の年の近い女子たちと、グループを組み、見たことが無い短いスカートをはいて、歌とダンスを披露していたのである。初めて見る細くしなやかなむっちゃんの足は、同性の私でも目が釘付けになった。運動嫌いなむっちゃんが努力をしたであろうことがうかがえる、見事な美脚であった。
むっちゃんの活躍をネットで追いながら時は過ぎ、大学四年生の秋。 私が卒業研究と論文で忙しくしていた頃、「本を出版する」とむっちゃんからメールで連絡があった。
当時、大学生活と芸能活動を両立するむっちゃんとは、メールで連絡をすることが多かった。しかし私は、高校生の「いつか本を出版してみたい」という夢を語っていたむっちゃんを思い出して、この時だけはお祝いの電話をした。相手は親友といえど芸能人だ。私のような凡一般人からの電話に出てくれるかどうか不安もあった。電話のコール音がしばらく続いた後、懐かしいむっちゃんの声が聞こえる。懐かしさと喜びで胸が高鳴った。
「すごい、おめでとう!念願の印税だね」
「印税はどうだろう、入るかな?でも、事務所が出版記念パーティを開いてくれるんだって」
芸能人になってからも、私と仲良しを続けてくれるむっちゃんに、私はありがたさを感じた。
「出版記念パーティ?! なんて耽美な響き。人生で一度ぐらい、自分で開くか、他人のパーティに参加してみたいわ」
私は下宿のアパートの天井を仰ぎ見ながら、きらびやかな世界を夢想した。
「ねえ、もし予定があいてたら、パーティ来ない?」
「え」
「手伝いスタッフとして呼べないか、マネージャーさんに相談してみるよ」
むっちゃんからの誘いに、思わず私は前のめりになる。手帳を確認し、二つ返事で了承した。バイトが入っていたが、店長に頼んで休みを申請しようと思った。
「じゃあ、あとで連絡するね。イベント会場はネットに情報載ってるから分かるよね。私も一時間前ぐらいに会場入りするから、当日はよろしくね! 」
たとえ手伝いの立場でも親友の出版記念パーティに呼ばれたことは、私にとって光栄なことであった。電話を切った私の心は浮かれていた。招待客の中には、事務所所属のタレントやアイドル、著名な小説家なども来るのだろうか。スタッフの立場でも、握手ぐらいはできるかもしれない。そんな邪心もわいてきたが、それ以上にただ純粋に、むっちゃんの活躍がうれしかった。
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