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07_きみに、会いたい
野良猫だったキング。
新築の余市家の庭を縄張りとしていたのを母が家へ招き入れて家族になった。
すでに成猫で堂々たるたたずまいから「キング」と呼んだ。
みんなが呼び名に馴染んだころだ。予防接種先の動物病院でメスとわかった。
いまさら別の名前で呼ぶのもなんだし、そのまま「キング」と呼んでいるんだ、と告げると「いいっしょ」と中学生の紋別は茶化さず続けた。
「メスのキングってかっこいいっしょ」
それに、と紋別は含み笑いをする。
「滉太にはそっちのほうが好都合じゃね? メスでよかったしょ」
「なんで」
「バレバレだっつうの」
中学生のとき、猫相手の話に肘で小突かれ、小突き返した。なんてことない他愛ない会話だ。
それがいまになって、こんなにも胸に刺さる。
そうだな、と滉太は煮干しの袋を手に取る。紋別はおれがキングに夢中だってことをずっと知っていた。
どんなに家族の前ではキングに気のない素振りをしても、ちょっとした拍子に考えてしまうくらい、キングが生活の中心だってことも知ってくれていた。
人間とか、猫とか、なんだろうな。区別ってあるのかな。
同じ生き物で、かけがえなく思うのに、違いなんてあるのかな。そばにいてくれる。一緒にいる。ただそれだけで、どれだけ大切か。
キングが鼻を動かして見上げる先を一緒に探した。キングがねだればヘトヘトになるまで猫じゃらしを動かした。
ふわふわのキングの腹毛。うっとうしそうに鈴つき首輪を後ろ脚で掻く仕草。
キングの匂い。キングの気配。
いまだって──。
***
その夜。
滉太は誰もいないのを確認してリビングに降りた。
ソファ脇の一角に立つ。手には紋別からもらった煮干しと、それから自分で買ったチューブ入り猫用おやつだ。
母の作った祭壇。
その遺影に凛々しい背筋のキングが写っている。写真たての縁をそっと指でなぞって、滉太はそれらを供えた。
「推薦、ほぼもぎ取ったよ。おれ、がんばっただろう? お前の鈴の音がすごく励みになった。ありがとうな」
まだまだキングみたいにかっこいいとはいえないけどさ、と胸で続ける。
感染症まん延防止の学校休業中のあの春。
キングは眠るように逝った。
見事な老衰。天寿を全うだ。野良猫時代の年齢を加えると推定二十七歳。人間の年齢でいえば百八歳だ。
だけど、と滉太は唇を噛む。だからこそ、課題はなにひとつ手につかなかった。
そんな自分を家族に知られたくなくて、まして泣いているなんて絶対に秘密で、キングがいなくてもなんでもないみたいな顔をして、いままで必死でやってきた。
「なあ、キング」
小声になる。
「おれさ。お前がいないと、つまんないよ」
ぽろりと涙がこぼれる。とまらない。チリンと鈴の音がした気がする。なんだよ、くそ。そばにいるなら膝の上にでも乗ってくれよ。二人っきりなんだから、いいだろう?
ああもう。深く息を吸う。
手を伸ばす。宙を舞う。
キングにさわりたいなあ。
(了)
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