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02_英雄は媚びないんだぜ
あれは中学三年の秋だった。
エサのカリカリを食べていたキングが猛烈にむせた。あらあらと母はキングに駆けより「ゆっくり食べなさいよ」と背中を撫でた。
そして続ける。
「もう若くないんだからね。人間でいえば八十歳過ぎくらいかな?」
キングが顔をあげて母の顔を見る。母は無邪気にキングへうなずいている。キングは視線を外すとカリカリに背を向けて日の差す窓際へ寝そべった。母の言葉を承諾したかのように見えた。
その午後だ。
姉の悲鳴で滉太は自室から階下のリビングへ転がりでた。
いつの間に家を抜け出したのか。リビングのガラス窓外にキングがいた。口になにかをくわえている。
雀だった。
窓を開けようとする滉太に「やめてよっ」と姉が叫ぶ。
「あの雀、まだ生きているっぽい。ああもうキングの馬鹿。食べないのに獲ってこないでよ」
姉の言葉が聞こえたかのように、いや聞こえたのだろう、キングは雀を庭へ落とすと前脚でしっかり押さえて食べだした。「いやあっ」と姉の悲鳴が響く。もがいた雀の羽根が小さい庭いっぱいに散らばる。
そしてものの五分もしないうちにキングは完食をした。
「あたしもうキングと絶対にキスしないっ。って滉太、なにを笑っているのよっ」
姉に頭を小突かれたものの滉太は嬉しくてたまらなかった。
自分は年寄りなんかじゃない。それを証明するために、こんな無茶ができるとは。
雀を食べたキングの体はしばらく獣くさかったけれど、そんなことは構わず母と姉のいないところで滉太はキングの腹に顔をうずめたものだ。
あまりに嬉しかったので学力テストBの直後に紋別へ話した。それを紋別はいまでも覚えているとは。
***
「やる気になれば大抵のことはできる。らしい。怖がったり尻込みすると失敗する」
「なんだよそれ」
「雀事件の話を聞いて、俺が学んだことだ。学テBが悪かったからな。お前んちの猫に鼓舞されて翌月の学テCはめちゃくちゃ頑張った。おかげでここに入れた」
おれだって、とそっと拳を握る。キングをかっこいいと思った。あんな生き方をしたいとまで思った。
「諦めるのはまだ早いって。もったいないしょ。まずは当たってみてからでも遅くなくね?」
元柔道部主将の眼差しは真っ直ぐで、「紋別は正しすぎじゃね?」と苦笑するしかなかった。
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