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05_よくあることかもしれないけど、だからこそ──胸がつぶれそうなんだ
「え?」
慌ててしゃがんで手を伸ばす。
黒猫だった。
事故に遭ったのか。横たわったまま動かない。ぐにゃりとして頼りなく、それどころかもう冷たかった。耳鳴りがした。息が苦しい。
身体が揺れる、と思ったら「滉太っ」と大きく揺すられた。
「もういい。そんなにさわるな。あとは俺がやる」
「──紋別」
「お前、手が真っ赤だぞ。タオルを持っているからそれで拭け。それでそのあと──そのタオルでこいつを包んでやろう」
いわれて滉太は自分の手を見る。頭の中が真っ白になる。おれは──。
頬を舐められたのはそのときだ。
顔を向けると生臭い息がかかった。中型犬の顔があった。「あらあ、ごめんなさいねえ」と飼い主らしい初老の女性が声をかけてくる。
「おにいちゃんたち、この猫はわたしが連絡をしておくから。おにいちゃんたちは学校があるんでしょう? いきなさい」
「でも」と口ごもる紋別に女性がほほ笑む。
「かわいそうだけど、これがこの猫の寿命だったさ。北国では野良猫は生きにくいからねえ。冬に除雪車に轢かれるよりおにいちゃんたちに見つけてもらえて、この猫もずっとよかったさ」
女性に会釈をして二人して地下鉄の駅へ向かう。
寿命。
その言葉が滉太の耳にこびりついていた。寿命だった? 寿命だからしかたがない? 誰が? 猫が? それとも残された者の気持ちが?
ぐいと腕を引っ張られた。紋別が駅のトイレを指さしている。
「手を洗ってこいよ。それから顔も」
なんで顔? といいかけて顔に手をやりハッとする。頬が涙で濡れていた。慌てて腕で頬を拭う。それから、とさらに紋別が続けた。
「この前、お前の姉ちゃんに駅で会った」
「いきなりなんだよ」
「春先のことを聞いた」
言葉に詰まる。
「お前──無茶しすぎだ」
鼻先が熱くなる。目頭もさらに熱くなりかけ、必死でこらえて笑みを作る。
「いま無茶しないでいつするんだ?」
「まあな」と紋別は肩をすくめる。
「なんだって時間はときどき止まってくれないんだろうな。それこそ忖度してほしいよな」
「だから」と滉太は顔を崩す。
「紋別は正しすぎるんだって」
***
紋別のいうとおり、なにをいっても嘆いてみても時は待ってくれない。
ときおり聞こえる鈴の音。その音のするほうを目で追ってペンをとる。
嘆き悲しむのはもう時間切れ。できることをやるしかない。
なあそうだろう? キング。
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