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01_ピンチはチャンスらしいでしょ?
鈴の音がして振り返る。茶トラの野良猫が古アパート脇の草むらを歩いていた。
「……なんだよ。期待させるなよ」
滉太は気まずく首をすくめた。
だってさ、と胸で続ける。ここらへんはキングの縄張りだったしょ。
家を抜け出したキングと学校帰りの道端で出くわすこともあったしさ、とサバトラの愛猫を思い浮かべた。
「それもおれが弱っているときばっかりで」
うなだれて歩きだす。高校の担任教諭の声が耳にこびりついていた。
──学校推薦を希望かあ。
条件は満たしているんだけどなあ。成績評価がなあ。
ほら余市さ。感染症まん延防止の学校休業のときの課題を出さなかっただろう。
あれが響いている。正直難しい。
一般入試じゃ駄目なのか?
札幌の長い夏の夕陽。まぶしいはずなのに、目の前があらためて暗くなっていく気がした。
***
「それで諦めるのか?」
翌日の昼休みだ。
悪友の紋別が教室で弁当をつつきながらけしかけた。
窓から生ぬるい風が入ってくる。滉太は頬を伝う汗を手の甲で拭い、唐揚げザンギを口へ入れる。
「しかたないしょ。課題を出さなかったのはおれだし」
「そもそもなんで提出しなかったのさ」
紋別が箸をおいて続けた。
「そりゃうちの高校は出さないのも本人の自由意志だってスタンスだけどさ。推薦を狙っているなら普通だすでしょ」
それは、と滉太は口ごもる。
そこをすかさず紋別が手を伸ばして滉太の手元の大学学生募集要項をめくった。
「この一文、まるでお前にいっているみたいっしょや」
それは、と再度口ごもる。
おれもそう思った。
思ったからこそ意気揚々と滉太は推薦希望を提出したのだ。
こんな要件を満たすやつは限られる。
その中で同じ大学へ推薦を希望するやつはもっと少ない気がした。チャンスだとまで思った。
「せっかく勝算があるのに、身内に行く手を阻まれるなんておかしいしょや」
「そうはいっても」
「お前さ。担任にこのことを伝えたか? おれにはほかのやつより有利な資格があるんですってさ」
「さすがに担任なんだから知ってるでしょ」
「どうだかなあ」と紋別は大げさに首をかしげる。
「結構あの人抜けてるからなあ。公休になる高体連の試合を欠席扱いしてた。抜けてる分、融通もきくっぽい。俺が抗議にいったら直しながらチョコくれた」
「それは口留め料っつうんじゃね?」
ああもう、と紋別は弁当に蓋をしながら「お前んちの猫だってやっていたしょ」といいだした。
ここでキングが話題にのぼるとは思ってもみず、滉太は思わず動きをとめる。
喉が渇いていく。紋別は構わず「雀事件だ」と続ける。
ペットボトルのスポーツドリンクで喉を潤して「よく覚えているな」と小声で応じた。
「伊達に中学からの付き合いじゃねえよ」
苦笑になる。おまけに自宅も割と近所だ。
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