1人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
今回の依頼主、盛本鏡花がわたしの工房にやってきたのは1週間前のことだった。人伝に〈モリーズドール〉の噂を聞き、足を運んだのだという。〈モリーズドール〉は「死者の言葉をしゃべる」という不可思議さと、1体1000万円という高額さゆえ、一部の富裕層のあいだでしかその存在が知られていない。今回依頼をしてきた盛本鏡花も、多くの芸能関係者の経理を担当している税理士法人の代表者であり、テレビにもコメンテーターとして出演している有名人だ。おそらく、芸能関係者が集まるパーティーなどで〈モリーズドール〉の話を聞いたのだろう。
盛本鏡花は工房の受付カウンターをはさみ、向かい側に座っている。わたしの工房は、もともと小さなカフェを営んでいたのをそのまま引き継いだ建物なので、カフェカウンターを受付として使っている。カウンターの奥にある元厨房が、今は〈モリーズドール〉を制作する作業部屋となっている。
「わたしがもう一度母に会いたいのは、彼女が焼身自殺をした本当の理由を知りたいからなんです」
盛本鏡花が事務的な口調でいった。わたしは手元にある〈ドール制作依頼書〉の個人情報記入欄にちらりと目をやった。氏名盛本鏡花、年齢45歳、職業は税理士で、都内に住み、〈盛本税理士法人〉の代表を務めている。それが彼女の情報だ。税理士、というと事務のスペシャリストというかんじがする。無味乾燥な彼女の話し方は、一種の職業病なのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!