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「だからわたしが知っているのは、母親になって以降の母の話です。母は女手ひとつでわたしを育てるために、死に物狂いで勉強して資格をとり、そのあとも休む暇なく働いたそうです。そのおかげでわたしは母子家庭で育ったにも関わらず、大学まで進学し、留学もできました。だからこそ母には、わたしが仕事を継いだらゆっくり休んでほしかったですし、母もそうしたかったはずなんです。それなのにその直前に自殺するなんて、なにか、のっぴきならない理由があったに違いないんです。しかも、灯油を頭からかぶって自ら火をつける、なんてショッキングな方法をあえて選ぶなんて」
彼女はそこで言葉に詰まり、宙の一点を見つめている。
「盛本さん、どうしました?」
わたしが言うと、「ああ、いえ」と彼女は首を振った。
「わたしが帰国する1週間前に焼身自殺をするなんて、わたしへの当てつけとしか思えないんです」
盛本鏡花は、その言葉を口にすること自体が大変苦痛である、というように、眉をゆがめていった。
「当てつけ、ですか」
わたしは彼女の言葉を繰り返した。
すると、盛本鏡花が、はい、とうなずく。
「『私は自分の人生を投げうってあなたを育ててあげたのよ。それなのにあなたは悠々と、留学なんかして。あなたのせいでわたしは死ぬ。焼け焦げたわたしの姿をトラウマとして植え付けてやるわ』」
盛本鏡花は一本調子で台詞めいた言葉を口にし、「と、母は思っていたんじゃないかと思うんです」と続けた。
「なるほど。盛本さんは、お母様に恨まれていたとお思いなんですね?」
「はい。でも、たしかではないので」
「真実を知りたいと」
「そうです」
「真実があなたにとって辛いものであったとしても、受け入れる覚悟はありますか?」
「もちろんです。そのような覚悟をもって、ここに参りましたので」
わたしは盛本鏡花と会話をしながら、再び手元の依頼書に視線を落とし、依頼情報記入欄に目を通した。
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