モリーズドール ~亡者人形制作工房~

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わたしが自分の能力に気が付いたのは8歳のころ、両親が殺人事件の被害者になったことがきっかけだった。両親は自宅に押し入ってきた強盗に刺され、命を奪われたのだが、わたしが事件のあとでリビングに立ったら床に触れている足の裏を伝い、死んだはずの両親の声が聞こえてきた。彼らは自分たちを殺した犯人の名前を言った。その名前をわたしはすぐに警察に告げたのだが、「子どもがデタラメをいうものじゃない」と一蹴された。「足の裏を伝って両親の声が聞こえてきた」なんて話を信じてもらえるわけもなかった。わたしはまだ犯人の名前を覚えているが、そいつはいまだに逮捕されていない。それどころか両親を殺したその犯人は今、大企業の会長となって左団扇で暮らしているのだ。 「その犯人に復讐するには莫大なお金が必要なんです。だからわたしは自分の能力をいかした仕事で、秘密裏にお金を稼ぐことにしました」 わたしは一通り自分の事情を説明した。盛本鏡花は真顔のまま、わたしの話にじっと耳をかたむけていた。 「わたしは死者の死亡地点に立てば、足の裏から彼らの声を聞くことができる。これを聞きとり、その声をドールに吹き込んで依頼主様にお渡しする。依頼主様の『もう一度、あなたに会って話を聞きたい』という願いを叶えるのがわたしの仕事です。この話に嘘はありません」 わたしはこれまでに何度となく説明してきた文章を口にした。これまで97件の依頼をこなしてきたが、申込受付の際は100パーセントこの話をしている。 盛本鏡花はわたしの瞳の中に嘘の欠片を発見してやろうと目を凝らしていたが、10秒ほどしてあきらめた。 「わかりました。では正式に依頼をさせていただきます。母が焼身自殺をしたのはこの公園の——」 盛本鏡花は母親、盛本由子の〈死亡地点〉について詳しく説明をした。 説明が終わると〈ドール制作依頼書〉に署名をし、依頼料である1000万円を置いて、わたしの工房をあとにした。 さあ、仕事を始めよう。 盛本鏡花を見送ったあと、わたしは受付の椅子を立った。 これが、1週間前の出来事だ。
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