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依頼から1週間がたち、作業机には完成した〈モリーズドール No.98〉が立っている。ちなみにわたしが〈死者の声〉をビスクドールに吹き込んでいるのは、単にわたしがビスクドールの愛好家だからである。両親が亡くなったあと、わたしは親戚の叔母の家に引き取られたのだが、その叔母がビスクドールのデザイナーだった。わたしは彼女の仕事を手伝うことで、心の傷を回復させていったのだ。それにより今のわたしにとって、ビスクドールはなくてはならないものとなっている。だから今、仕事の相棒としてビスクドールを選んでいるのだ。
時折、「ドールはいらないから死者の声を録音した音声機器だけが欲しいです」という依頼をもらうことがある。
しかしそういった依頼は受け付けていない。わたしの仕事にはドール作りは欠かせない。「死者の声を聞く」というハードな精神労働をこなしていくうえで、心の安定を保つために、ドール作りは絶対に必要な工程なのだ。
1週間前、わたしは盛本鏡花からの依頼を受けてからすぐに盛本由子の〈死亡地点〉である公園に赴き、彼女の声を聞いてきた。それにより、依頼主である盛本鏡花が知りたがっていた「焼身自殺をした本当の理由」がわかったので、わたしはドールを制作し、胴体に内蔵した音声機器にデータを吹き込んだ。「本当の理由」は盛本鏡花が推測していたものとはまったく違ったものだったので、盛本由子の〈死亡地点〉に行き、彼女の声を聞いたとき、わたしも少し驚いた。
さて、音声の確認をしよう。
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