7人が本棚に入れています
本棚に追加
02.名残りのようなもの
翌日は全員で連れ立って、個人経営や中堅チェーン店向けの展示会へと足を運んだ。コーヒー豆の市場動向から、最新のコーヒー器具メーカーの商品展示、焙煎業者のブースでのデモンストレーション……。展示会の会場のあちこちで人々が話し込んでいる。
師匠や仲間たちも会場に散らばり、それぞれが興味あるブースを見てまわっている。マスターとしても興味を惹かれるものばかり。めずらしい種類のコーヒー豆を試飲し、最新の商品管理アプリの体験版を試してみた。そんなブースのひとつを訪れたときだった。
「ひょっとして、大橋くん?」
同い年くらいの男がマスターに声をかけてきた。小規模小売店向けの各種システムのブースから出てきた男だった。マスターはその男の顔をじっと見つめる。なんとなく見覚えがある……。
「はあ、大橋ですが……」
見覚えはあるけれど、どこの誰なのかはどうしても思い出せないマスターに、その男は苦笑しながら自分の名前を告げた。マスターが子どもの頃に通っていた小学校の名前とともに。
「ほら、谷川だよ。谷川広夢。覚えてる? 翔太」
その男が口にする自分の名前の呼び方にはたしかにはっきりとした聞き覚えがあった。マスターの頭に古い記憶が蘇ってくる。
「ヒロムって本当に、あのヒロム?」
「そうだよ、ヒロムだよ。翔太」
戸惑いながらもマスターとの再会に嬉しそうな表情を浮かべるヒロム。三十も半ばを過ぎた男の顔になっているけれど、その顔に子どもの頃のヒロムの名残りのようなものが、たしかに残されていた。
最初のコメントを投稿しよう!