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03.名刺なんて気の利いたもの
ヒロムはマスターが子どもの頃によく一緒に遊んだ友達だった。いや、単なる友達以上の仲だった。親友だと言ってもいいほどの。
ヒロムはスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、マスターに向かって名刺を一枚差し出す。
「『谷川』って名字から、母親の名字に変わったんだけどね。ずっと昔に。だからもう『谷川』じゃないんだけどさ」
ヒロムの差し出した名刺には「白石 広夢」とある。システム会社の法人営業部第二セクションリーダー、という肩書きとともに。
「ごめん、僕は個人の名刺なんて気の利いたものは持ってないんだ。代わりに店のカードを」
マスターの差し出したカードをヒロムはじっと見つめる。
「これって翔太の家だよね? たしか喫茶店だった」
「うん。今は僕がおじいちゃんのあとを継いで、店の名前も変えた。何年か前に大きくリフォームしてね。僕は今もそこに住んでる」
「考えてみれば翔太はここに住んでたものな。今はカフェを……。それでここに。そうかあ、そうだよなあ……」
ヒロムは自分が今、コーヒー業界の展示会に営業に来ていることを思い出したようだった。同じブースにいるヒロムの同僚の女性が、システムを他の来場者に向かって熱心に売り込んでいた。
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