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07.明後日あたりに返そうと
それから数ヶ月後、ヒロムは唐突に引っ越していった。それはなんの前兆もない、さよならのあいさつもない引越しだった。
「突然のことだからみんなびっくりしただろうけど、とにかく今日から谷川くんはもう、このクラスにも学校にも戻ってきません」
ヒロムが転校して行ったことをクラスの子どもたちに知らせる担任もまた困惑していた。子どもたちがざわざわと騒ぎ出す。
「谷川くんはどこに転校して行ったんですか?」
クラスの誰かが担任にたずねた。
担任は難しそうな顔でクラスのみんなに向かう。
「谷川くんは家庭の事情で引っ越すことが決まったんだ。だから、どこに転校して行ったのか先生には言えないんだ」
ヒロトが転校? 家庭の事情? 唐突な事態に教室の席に座る翔太の頭にいろんな思いがめぐった。
昨日、学校を出るときまで引っ越すなんてこと、ヒロトはひと言も言ってなかった。このあいだうちに遊びに来たときだって、ヒロトは近く引っ越すかもしれないなんて話なんかしていない。
それに、翔太の手元にはヒロトに貸してもらったマンガが三冊もあった。明後日あたりに返そうと思っていたマンガ本だった。このマンガ、どうやって返せばいいのだろう?
それから一週間ほど、翔太は家に帰るなり郵便ポストを開いた。もしかしたらヒロトからなにか連絡してくるかもしれないと。それだけじゃない。ヒロトから電話がかかってくるかもしれないと、一階の店に降りる階段に座って、店の電話が鳴るのを待った。
けど、電話はいつも祖父母にかかってきた。席の予約を取りたい、コーヒーを出前してほしい、そこに忘れ物ありませんか? そんな内容の電話ばかり。ヒロトが今どこにいるのか、それを知らせる電話も手紙も翔太の元には一度も来なかった。
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