2.”髭”

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「三日、目を覚さなかった」 "髭"が言った。  カイは、他人事の様に驚く。 「そんなに寝てたの」  "髭"が、ふっと笑みを浮かべた。 「食えるか」 「うん」  ”髭”は、杓子で鍋から汁を掬い、木の器に入れてカイの所に持っていく。  土間から板張りの床までは、膝の高さで、”髭”は、床に腰を掛けると腕を伸ばしてカイに器を差し出した。  カイは、起き上がろうとして、なかなか起き上がれなかった。  上半身を起こすだけでも息が切れる。  ”髭”は、辛抱強く待った。  カイは、上半身を起こし、体勢を整えると、”髭”の手から、器を受け取った。手に余り力が入らず、気を抜くと落としそうだった。  カイは、震える手でゆっくりと器を口に近づける。  一口、二口飲んで、涙が出た。  温かい。  鼻をすすりながら、また一口飲む。 「ゆっくり飲め」 ”髭”が言った。 「うん」 カイがまた鼻をすすった。 「お前が寝てる間、俺が面倒見てたんだ」 ”髭”が言った。  カイは、器から顔を上げて”髭”を見た。 「ごめんなさ」 「大変だった。負傷兵の面倒なら見たことあるが、子供の面倒は見たことない」  カイは、黙り込んだ。自分は、何処までも役立たずの邪魔者だ。そう思った。  ”髭”は、構わず言う。 「食わせておいて今更だが、これも何かの縁だ。死にたいんなら今ここで殺してやる」  カイは、目を見開いた。手の力が抜け、器が滑り落ちる。  ガシャッ。  器の中身がぶちまけられたが、”髭”は、構わずカイを見ている。 「生きてても辛い事ばかりだ。この先もきっとろくなことが無い」 ”髭”は、淡々と言った。  カイは、すぐには答えられなかった。  売られそうになっていた自分。  必要ない自分。足手纏いの自分。  でも。 「邪魔じゃない人間になってから、死にたい」 カイは、そう言って、ぼろぼろと涙を零した。  "髭"は、構わず続ける。 「俺は"髭"って呼ばれてる」  カイは、目を丸くする。 「ひげ?」 「俺は、狩人だ。俺の仕事を手伝え」  カイは、微かに笑みを浮かべたが、すぐに顔を固くする。 「でもぼく、体小さい」 「そりゃいきなり一人前には出来ないだろ」 「体力無いし」 「は?」 ”髭”が、顔を顰めた。 「ミンナからここまで歩いて来ておいて、何の冗談だ」  カイは、そういえばそうだと思った。  ”髭”が、言う。 「ここまで無事に生き延びた運もある。性格的にも狩人に向いてる」  カイの顔が明るくなった。 「本当?」  カイの顔を見て、”髭”は思わず笑みをこぼした。 「教える。覚えろ」 「うん」  カイは、涙を流しながら笑った。
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