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「三日、目を覚さなかった」
"髭"が言った。
カイは、他人事の様に驚く。
「そんなに寝てたの」
"髭"が、ふっと笑みを浮かべた。
「食えるか」
「うん」
”髭”は、杓子で鍋から汁を掬い、木の器に入れてカイの所に持っていく。
土間から板張りの床までは、膝の高さで、”髭”は、床に腰を掛けると腕を伸ばしてカイに器を差し出した。
カイは、起き上がろうとして、なかなか起き上がれなかった。
上半身を起こすだけでも息が切れる。
”髭”は、辛抱強く待った。
カイは、上半身を起こし、体勢を整えると、”髭”の手から、器を受け取った。手に余り力が入らず、気を抜くと落としそうだった。
カイは、震える手でゆっくりと器を口に近づける。
一口、二口飲んで、涙が出た。
温かい。
鼻をすすりながら、また一口飲む。
「ゆっくり飲め」
”髭”が言った。
「うん」
カイがまた鼻をすすった。
「お前が寝てる間、俺が面倒見てたんだ」
”髭”が言った。
カイは、器から顔を上げて”髭”を見た。
「ごめんなさ」
「大変だった。負傷兵の面倒なら見たことあるが、子供の面倒は見たことない」
カイは、黙り込んだ。自分は、何処までも役立たずの邪魔者だ。そう思った。
”髭”は、構わず言う。
「食わせておいて今更だが、これも何かの縁だ。死にたいんなら今ここで殺してやる」
カイは、目を見開いた。手の力が抜け、器が滑り落ちる。
ガシャッ。
器の中身がぶちまけられたが、”髭”は、構わずカイを見ている。
「生きてても辛い事ばかりだ。この先もきっとろくなことが無い」
”髭”は、淡々と言った。
カイは、すぐには答えられなかった。
売られそうになっていた自分。
必要ない自分。足手纏いの自分。
でも。
「邪魔じゃない人間になってから、死にたい」
カイは、そう言って、ぼろぼろと涙を零した。
"髭"は、構わず続ける。
「俺は"髭"って呼ばれてる」
カイは、目を丸くする。
「ひげ?」
「俺は、狩人だ。俺の仕事を手伝え」
カイは、微かに笑みを浮かべたが、すぐに顔を固くする。
「でもぼく、体小さい」
「そりゃいきなり一人前には出来ないだろ」
「体力無いし」
「は?」
”髭”が、顔を顰めた。
「ミンナからここまで歩いて来ておいて、何の冗談だ」
カイは、そういえばそうだと思った。
”髭”が、言う。
「ここまで無事に生き延びた運もある。性格的にも狩人に向いてる」
カイの顔が明るくなった。
「本当?」
カイの顔を見て、”髭”は思わず笑みをこぼした。
「教える。覚えろ」
「うん」
カイは、涙を流しながら笑った。
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