拾得物

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 私ね。健康の為に毎日ウォーキングをするように心掛けているんです。まあ、大体一日一時間以上を目標に、家の近所を中心に、あまり急がずのんびりと歩くような感じなんですがね。  で、つい先日のことです。その日は自宅から一つ隣の駅を目標に、電車の線路沿いの道を歩いていました。道は、大体2~3メートル幅くらいの草むらを挟んで線路に沿って延々と続いており、私は時々傍らを通り過ぎる電車の音と振動を感じながら、ぶらぶら歩いていたわけです。  暫く歩いていくと、大きな踏切を過ぎたあたりで、その線路脇の草むらのまん中に、一人の男性が立っているのが見えました。少し前かがみの姿勢で、じっと草むらに真剣な眼差しを向けたまま、ゆっくりと、顔を左右にふりながら少しずつ歩みを進めているその様は、どうも何かを探しているように見えます。この辺りで落とし物でもしたのだろうかと思いました。  私はその時、暇でもあったのですが、ふと、その人が困っているような気がしたので「何かお探し物ですか?」と声をかけてみました。  急な私の声がけに、男性は、びくっとして顔をあげました。驚いた顔で、そのままこっちをじっと見つめてくるのですが、私の方も、彼の顔を見た途端、何やら心がざわつきました。青白い顔色、無精ひげも転々と浮いた顔面の中の小さな口は、半開きになって、黒っぽい舌までみえます。驚いた様子で目は大きく見開かれているものの、光というか精気が感じられず、私の顔を見ていると言うより、ぼうっと虚空に視線を放っている、という感じでした。 「ああ、すいません。驚かしてしまって。何かお探しのようでしたので、もし何かお手伝いできればと思ったものですから。どうもお邪魔しました」  相手がそのまま凍り付いたように動かないので、何やら気まずくなった私は、慌てて言葉をつなぎました。すると、ぼそりと短い返事が返ってきました。 「いいんです。大丈夫です」  そう言うと、また前かがみになり、草むらを凝視し始めました。その様子は、もう明らかに「放っておいてくれ」というオーラ満開だったので、これ以上話しかけるのはやめて、私も歩き出しました。  ところが、ほんの数秒ほど歩いたところで 「あっ!」  私のすぐ後ろで声がしました。  振り返ると、その男性が丁度草むらから何かを拾い上げるのが見えました。指先に摘まめる程のサイズの丸っこい物体のようで、それを掌に乗せてじっと観察すると、満面の笑みを浮かべました。そして大きく頷くと、素早い動作で上着のポケットから小さな箱を取り出し、拾った物を入れて、またすぐにポケットにしまいました。 「お探し物があったんですか?」  彼があまりにも嬉しそうな顔をしているので、そのまま行こうとしていた私は、つい声をかけてしまいました。  すると、先ほどとは打って変わった、快活な調子で返事が返ってきました。 「はい!有難うございます。いいものが取れました。いやあ、わざわざ来た甲斐がありました」  ”取れました”?、ということは、自分の落とし物というわけではないのか?私がぼんやり考えている間に 「これでコレクションがまた一つ増えました。良かった良かった。ひひひひひ」  面妖な笑い声を残すと、私とは反対の方向へ、さっさと歩いて行ってしまいました。  コレクションと言っていたが、何か珍しい自然物、例えば植物とか、あるいは昆虫か何かを探していたのだろうか。或いは鉄オタで線路の石を集めてるとか?まあ、なんであれ、ご本人が喜んでいるならいいか。私もそのままウォーキングを続け、程なくして隣の駅に到達しました。そして、駅前の店でコーヒーを一杯飲んだ後、その日は家に帰りました。  ところが、その翌日のことです。何気なくネットを斜め読みしているうちに、一つの記事に目が止まりました。  私も気づいていなかったのですが、その数日前に、この沿線で人身事故があったらしいのです。30代の男性が、踏切で快速電車に飛び込んで自殺を遂げたということでした。そして調べてみると、その踏切というのが、まさに、私が例の男性と遭遇したあの草むらのすぐ近くの場所だったのです。  踏切を通過する快速電車は、かなりの速度を出していた筈で、そこに飛び込んだ人のご遺体はどうなるか……ご想像つきますよね。実際、その周辺は、しばらくの間大騒ぎだったようです。  ”いいものが取れました”と言って満面の笑みを浮かべていたあの男性が、草むらから拾い上げたもの。掌に乗るサイズの丸っこい、ころんとした物体。  そして、あの別れ際の言葉と妙な笑い声。 ”これでコレクションがまた一つ増えました。良かった良かった。ひひひひひ”  色々思い出すと、なんだか背筋が寒くなって来るんですよね。“わざわざ来た甲斐があった"とも言ってましたけど、あの人、色んな所に足を運んで、一体何をコレクションしているんでしょうね…… [了]
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