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 人生というものは、予期しない出来事が起きる……なんて大袈裟な台詞だが、たった今、僕はその言葉を体感しているところだ。 「紀美野(きみの)くん、今やっているラジオさ、あと一か月で終わるから」  僕がDJを務めるラジオ番組『紀美野相良(あいら)の君に会いたい!』の楽屋で、突然マネージャーの志藤結城(しどうゆうき)がさらっと言い放ったのだ。まるで、「差し入れのお菓子、紀美野くんの分も取っておいたから」と言ったかと思ったのかと思う言い方で。 「志藤さん、志藤さん! 待って、待って、待って!」  僕は慌てて、何事もなかったかのように楽屋を出て行こうとする志藤さんの腕をぐいと引っ張って引き留めた。 「冗談ですよね?」 「僕が仕事のことで冗談言ったことある?」 「ないですけど……そんな風に言うことじゃ」 「え、薄々感づいてるんだと思ってたけど。ほら、君だってこの記事見てるでしょ」  そう言って、志藤さんは鞄の中から一冊の週刊誌を取り出す。一枚付箋が貼られていて、そこを開くと、そのページには『『紀美野相良の君に会いたい!』は打ち切りか!?』という記事が書かれていた。  確かに、志藤さんの言う通りだった。実際、ここ1、2年はラジオメールもガクンと減ってきていたし、詳しいことは聞いていないけれど、聴取率も落ちてきているとラジオ局の廊下でディレクターが喋っているのも聞いたことがある。志藤さんの言葉に驚いたものの、僕自身も番組の人気低迷は何となく分かっていた。 「まあ、仕方ないよ。君の本業は俳優なんだから。イケメン俳優がやってるラジオだったら結構続いた方だと思うし」 「でも、最近はドラマとか映画の本数だって少なくなってきて、今やってる番組を大事にしていこうってこの間話したじゃないですか」 「そうなんだけどねー。人気商売だから。こっちが全部どうこうできる話じゃなかったってことだよ。まあさ、これから新しい仕事どんどん取ってくるから。期待しててよ」  志藤さんはそう気障にウインクすると、軽く手を振って楽屋を出て行った。  あー、信用できないな。僕は天を仰いだ。  志藤さんは担当すれば売れると言われる凄腕のマネージャーだが、僕の大事にしているものに若干寄り添ってくれないところがある。  でもまあ、ラジオ番組が打ち切られる僕でも食うには困っていないからなあ。むしろ、貯金も余裕でできるぐらいは仕事がある。そこまで仕事が増えたのは、紛れもなくデビュー前から面倒を見てくれた志藤さんのおかげだ。だから、志藤さんには逆らえない。  志藤さんが出て行ってすぐに番組のディレクターが来て、「スタンバイお願いします」と声をかけた。僕は「はい」と返事をして楽屋を出る。  廊下に出ても頭の中は番組打ち切りのことでいっぱいのままだった。  僕はずっと、自分のラジオ番組を持つことが夢だった。ドラマや映画に出ることが多かった僕にはあまりファンの方と触れ合う機会がなく、物足りなさというか寂しさを感じていたのだ。  少し仕事が増えてきて、テレビドラマで脇役をやれるようになってきたころ、そのとき一緒に出演していたタレントさんのラジオ番組にゲストとして呼ばれた。初めてのラジオでブースに一歩入るのも緊張していたが、そのとき、僕宛てのラジオメールが届いていた。内容は、特に変わったものではなかった。「紀美野くんが初めてラジオに出ると聞いてメールしました。頑張って下さい」というものだった。しかし、とても嬉しかった。まるで、僕の家のポストに届いたみたいに思えて、正直事務所に届く大量のファンレターより興奮した。  それからドラマも映画も出まくって知名度を上げて、とうとう自分の冠番組を持てるようになったのが五年前。三十分の生放送。平日の昼間だというのに、たくさんのリスナーさんに聴いていただいた。夢のような時間だった。だから、できることなら続けたい。リスナーさんとずっと繋がっていたい。  でも、確かに志藤さんの言うことは正しい。ラジオはまあまあ長く続いたし、僕の本業は芝居をすることだ。ラジオDJはいわば、派生。ラジオ一本無くなっても、芝居の仕事が増えれば僕の生活に支障はない。それに仕事を取ってきてくれるのはあの仕事のできる志藤さんだ。きっといい作品に巡り合える。そういえば、以前志藤さんも言っていた。「仕事は好きなことをすることじゃないよ。求めることをすることだよ」。求められないのならできない。 「はあ……」  僕は大きなため息をついた。そして、ふっと短く息を吐くと、ドアを開けた。 「おはようございます!」  先に準備をしてくれていたスタッフさんたちの挨拶に迎えられて、僕はミーティングルームに入っていった。
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