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「電車に乗り遅れた。先生に言っといてくれない?」
「寝坊したの?」
「どうしても読みたい本があったのよ。コンビニのおばちゃんに在庫を確認してもらってたら、遅れちゃって」
「そんなの帰ってからにすればよかったじゃん」
「バカ、朝買っとけば、通学時間で往復二時間は読めるんだよ。時間は無駄にできないし」
「バカは翔太だよ。結局遅刻してるくせに」
翔太が読みたがっていた本はすぐわかった。その日に発売された、超人気作家のミステリー。五年ぶりの新作ということで、ニュースにもなっていた。ミステリー物が好きな翔太は、一刻も早く読みたかったのだ。駅にあるコンビニなら通学時間に開いていて、発売日当日朝に買える。彼はそう考えたのだ。
「多分、あいつが最後の一冊を買ったんだよ。コンビニですれ違ったもん」
「あいつって?」
「いつも電車で隅の席を確保して、本を読んでる眼鏡のやつ」
翔太のその言葉がなければ、わたしは気づかなかっただろう。席に誰が座っているかなんて、気にしたことなどなかったのだから。
わたしには翔太以外のことなど、どうでもよかった。翔太さえいれば、他には何もいらなかった。いなくなって初めて、そのことに気づかされたのだ。
翔太の命を奪ったトラックの運転手は、事故のときに死んでいる。
だから、わたしは正直な気持ちを伝えるべく、彼に会うことを決めたのだ。
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