11.そんな話はもういい

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11.そんな話はもういい

「そんな話はもういい。ところでお母さん、お金なんだけど……」  その言葉を聞くなり、祖母はますます不機嫌な顔。 「お金なんてうちにあるわけないでしょ、なに考えてるの」 「もういい!」  祖母の言葉をさえぎり、母親は一階への階段を降りていく。翔太は思わず母親のあとを追いかけ、階段を降りていく。このまま母親がまたどこかへ行ってしまう。そんな予感に突き動かされて。 「ねえ、お母さん待ってよ」  家の外に出て行った母親の後ろ姿に翔太は叫んだ。声の限り。その声に母親は立ち止まり、そして翔太に振り返る。 「ねえ、これからもずっとお母さんと一緒にいたい。もうどこにも行かないでよ。せっかくお母さんが帰ってきたんだもの」  母親は悲しげな顔の中にも、困った顔を浮かべる。 「ごめん。でも、そういうわけにもいかないの。もう行かなきゃ」 「なら、僕も一緒に連れて行ってよ。お願いだから」  金魚も連れて行けるといいな。翔太の頭にそんな思いが浮かんだ瞬間、母親の目の前に一台の車がやってきて停まった。知らない男の人が運転する車だった。運転席の男が助手席の窓を開けた。 「おい千夏、なにやってるんだよ。用事は終わったんだろ?」  母親はますます困惑したままの顔で、しばらくのあいだ翔太の顔をじっと見つめた。名残惜しそうに。そして、くるっと後ろを向いて、その男の車の助手席に乗り込んだ。そして車は翔太をその場に残したまま、どこかへと走り去っていった。
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