02.涙の流れた余韻

1/1
前へ
/13ページ
次へ

02.涙の流れた余韻

 丸い金魚鉢を満たした水の中で、その赤い金魚はいつも一匹で優雅に泳いでいた。学校から帰ったばかりの翔太は、透明なガラス越しに唯一の友達の姿を眺める。ランドセルをそばに置いて。  翔太は水の中を優雅に泳ぐ金魚がうらやましい。たった一匹で金魚鉢の中にいる金魚。教室中のみんなから無視されることもないし、リコーダーを隠されることもない。陰口を叩かれ、うわさ話で嘲笑されることもないし、ノートに死ねと書かれることもない。  翔太はそんな学校に行きたくないし、学校から遠くへ逃げ出したくてしかたない。でも、どこにも行けない。小学生はひどく無力だから。まるで金魚鉢に閉じ込められた金魚のように。けど、金魚はたった一匹しかいないから、いじめられることもない。  それもこれも自分が両親と一緒に暮らしていないせいだと、翔太は金魚を眺めながら考える。祖父母の営む『純喫茶 あまがさ』の二階で、翔太は祖父母と三人暮らし。そこから小学校へ通っている。父親は翔太が幼い頃に病気で死んだと母親に聞かされた。  そして母親は、今どこにいるのか……。 「翔太、帰ってたの?」  祖母が二階へ上がってきた。ランチタイムの忙しさがようやくひと段落した午後の遅い時間。翔太が学校から戻ってくる時間を見計らって。 「うん」  翔太は涙の跡を祖母に気づかれないように明るい笑顔を浮かべ、そして明るい声でこたえた。いじめられているなんて言えるわけない。お母さんに会いたいと思っているなんて言い出せない。おばあちゃんを心配させたくないから。 「そう。じゃあ、おやつを準備するから。手は洗った?」 「今すぐ洗ってくる」  涙の流れた余韻が頬に残っていることを感じた翔太は、祖母から顔を隠しながら金魚鉢の前で腰を上げた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加