03.それだけでまたひとつ

1/1
前へ
/13ページ
次へ

03.それだけでまたひとつ

 その年の夏祭りも店は大忙しだった。店の前に飲み物とアイスクリームを売る屋台を出したからだ。学生のアルバイトを雇い、さらには店の手伝いにおじさん一家がやってくるのが恒例だった。小学生の姉と弟のいとことともに。  翔太はいとこと祖母とで夏祭りに出かけた。せっかくいとこたちも夏祭りに来ているのに、大人たちは店が忙しく、誰も子どもたちにかまってあげられないのもかわいそうだと思ったのだろう。そこで祖母が孫たちを夏祭りに連れていく役を引き受けた。  そこで翔太はいとこたちとともに金魚すくいに挑戦した。翔太もいとこたちも、誰も金魚をすくえなかった。屋台のおじさんはそんな翔太といとこたちへ、水槽から網を使ってすくい上げた金魚をそれぞれ一匹ずつ手渡してくれた。 「翔太、金魚鉢を見つけてきたぞ」  店の片付けが終わったあと、おじさんが家の奥から金魚鉢を見つけてきた。ホコリをかぶっていた金魚鉢。それでもおじさんが丁寧に雑巾をかけると、その丸い金魚鉢は透明さを取り戻した。 「おじさんと翔太のお母さんが子どもの頃、金魚を飼ってたんだ」 「本当? お母さんも金魚を飼ってたの?」 「そうだよ、子どもの頃の夏祭りで金魚すくいをやってね。そのあとでしばらく飼ってたんだ、この金魚鉢で。まだ残ってたんだな」  おじさんの言葉に翔太の心は弾むように嬉しくなった。お母さんが子どもの頃、自分と同じように金魚をすくい、同じ金魚鉢で金魚を飼った。それだけでまたひとつ、ここにいない母親を近くに感じたから。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加