04.たちまちその場の空気を

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04.たちまちその場の空気を

「千夏はどこほっつき歩いてるんだ。店の手伝いもしないで」  遅い夕食を終えたばかりの祖父が苦々しく言った。祖母もおじさんもため息ばかり。おばさん(いとこたちの母親だ)は困惑顔。  千夏とは翔太の母親の名前だ。翔太は金魚鉢で泳ぐ金魚をいとこたちと眺めながら、祖父たちの会話に聞き耳を立てる。 「姉さんが最後に帰ってきたのはいつ?」  おじさんがたずねた。祖母が怒りの口調でこたえる。 「いつだったかねえ。梅雨くらいの時期だったと思うけど、帰ってきたかと思えば、すぐまた出て行って。どうせ……」  そのとき、おじさんがなにかに気づいたように祖父母に告げる。 「子どもたちの前だから、その話は……」 「その話はって言ったって。学、お前が聞いたことだろ」  祖父は不機嫌に言った。翔太は自分の母親の話が、たちまちその場の空気を険悪にしてしまったことに戸惑うばかり。 「そうだけどさ……、気になったから聞いたまでだよ」  ため息をつくおじさんに祖母がたずねる。 「学のところには千夏からなにか連絡みたいなのは……」 「ないね」  おじさんは首を苦々しく振った。 「さ、遅いから子どもたちは早く寝なさい」  祖母が翔太といとこたちをその場から追い払うようにそう告げた。  とにかく、そんなふうに翔太の元に赤い金魚がやってきた。こうして赤い金魚は翔太のたったひとりの友達となった。  いとこたちが屋台のおじさんからもらった金魚は、祖父母の家にあったバケツに入れ、おじさんたち一家の暮らす家に連れられて行った。けれど、二匹とも一ヶ月もしないうちに死んでしまったと聞いた。
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