09.別に良くも悪くもない

1/1
前へ
/13ページ
次へ

09.別に良くも悪くもない

 運動会が終わり、家に戻った翔太を迎えたのは母親だった。 「お母さん!」  体操服のまま、翔太は母親に駆け寄る。店の二階の居間。ランチタイムが過ぎ、祖父が難しい顔で遅い食事を取っていた。 「ねえ翔太、ちょっと見ないあいだに大きくなった?」  翔太を抱きしめながら母親が言った。 「どうなのかわかんない」  母親の腕の中で母親の香りを嗅ぎながら、翔太は首を振る。  このままどこにも行かないで。母親の体温の温かさに包まれて翔太は願う。照れくさいから口に出して言えないけれど、その願いが叶うならノートに死ねとマジックで書かれるくらいなんともない。  けど、そう願うと同時に、怒りが湧き起こったのもたしかだ。  どうして運動会に来てくれなかったの?  どちらも正直な気持ちで、どちらも母親に向かって叫びたい言葉。でも、怒りを含んだ疑問もやっぱり口に出しては言えない。 「今日は運動会だったんだよ、翔太の」  食事をとっていた祖父が、二人のそばで苦々しく言った。その言葉に、母親はなにかにハッと気づいた顔で、翔太の顔をのぞき込む。 「そうだったの、どうだった? 結果は?」 「優勝できなかった。僕の赤団は」  翔太の言葉に、母親は苦笑して首を振る。 「そうじゃないの、聞きたいのは。翔太のかけっことか、リレーとかあるでしょ? そういうやつはどうだったのって」  かけっこは六人中四位だったし、リレーは選手に選ばれてもいない。そう告げるのが、なんだかためらわれた。 「かけっこはがんばったんだよ。ビリじゃなかったんだし」  無言のままの翔太に代わって、祖母がこたえた。 「そう、それで何位だったの?」  母親が翔太の顔をのぞき込む。別に良くも悪くもない。そんな結果をどう母親に伝えようかと翔太が考えていると祖父が口を出す。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加