Ep.1 これは夢か現実か

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Ep.1 これは夢か現実か

……ポタ ………ポタ …………ポタ  何かが額に当たっては、流れ落ちていく。  水、か…なにかだろうか。そんなことを考えている間にも、雫は額を一定のリズムで打ち続ける。 「……うぅ……」  鬱陶しくて頭をずらすと、頭皮越しにザラザラとした感覚がした。家の床、フローリングのはずだが、これじゃまるで外の地面に転がってるみたいじゃ…… 「……はっ?!」  俺はそこでやっと覚醒し、目を見開いた。  目線の先には、見知らぬ灰色の天井。点滅する蛍光灯が不気味だ。  わけも分からないまま、とりあえず体を起こせば、耳が猛烈に痛んだ。そうだ、あの音!何かすごい爆発のような音を聞いたのは覚えている。でも、それからの記憶は無い。 「これ……は、夢……か…?」  よく分からない。ただ、もしそうだとしたらこんなクオリティが高い夢は初めてだ。まず部屋の造り!コンクリート打ちっぱなしの倉庫のようだが、無機質な感じが良く表現されている。  床のザラつきは、埃や剥がれた天井の破片が散らばっているからだろう。そばにある棚には、缶詰などの保存用食料が詰め込まれている。  ふと、そのうちのひとつに目が止まる。 「これ……」  手のひらサイズの缶詰だ。ラベルには、足の生えたスパゲティが踊るポップな絵が描かれている。 「……回復食料、だよな?」  そう、これはエンドレス・ゾンビのゲーム内でキャラクターが体力を回復することができるアイテムの一つだ。中でもこの缶詰スパゲティはバッグの容量を取らないし回復値も高く、重宝していた。 「……なんか、腹減ってる、かも」  自分が今どういう状況にいるかは分からないが、何故か小腹がすいていた。それになんだか頭がぼんやりするので、栄養が足りていない気もする。勝手に食べちゃだめか、なんて一瞬思ったが、どうせ夢だ。問題ないだろう。  缶の裏側には、プラスチックの小さなフォークが貼り付けられていて、これもゲームの仕様通りでテンションが上がる。  俺は缶のプルタブに指を引っ掛け、開けた。  きゅぽん、という音がして綺麗に剥がれた蓋の内側から、ミートソースがぎっちぎちに掛かったスパゲティが現れた。 「い、いただきま~す」  誰に聞かれている訳でもないが、そう宣言し、フォークで1口、スパゲティを巻き取って頬張る。 「うっっま!!!!」  なんだこれ、美味すぎる。茹で加減はアルデンテだし、ソースは甘めでマッシュルームの薄切りと肉のゴロゴロ感が最高だ。ゲーム内のキャラはこんな美味いものを食べていたのか…!そりゃ、体力も回復するよなぁ。そう思いつつ無我夢中で食べていた時、  ドン!!!!  ものすごい音が響き、部屋が揺れた。天井からはパラパラと粉が舞い、棚からは缶が落ちる。  ドンドン!!!  また立て続けに2回。俺は急いでスパゲティを食べ終えると、棚からあともう2.3個適当に缶を掴んで棚から距離をとる。心做しか体の調子がいい。素早く動ける。  出入口の扉は一つだし、窓は無い。 「扉…開けるべきか?」  この音が何を表しているかは分からないが、ここに居たら危険な気がする。現に、照明のひとつが今にも落ちてきそうだ。それに、衝撃で扉がひしゃげて開かなくなったら一環の終わりだ。  俺は扉に近づくと、そっとノブを回して押し上げた。  その先には、亀裂の入った灰色の廊下が伸び、天井から下がったプレートには       【←エントランス | 病棟→】  と書かれている。どうやら、突き当たりで左右に道が続いているようだ。  俺はふと、「エンドレス・ゾンビ2」の舞台を思い出す。確か……始まりは病院だったはず。 俺はなんだか奇妙な気分だった。 もしかして、本当に「エンドレス・ゾンビ2」の世界にいるのだろうか?  などと考えたとき、4度目の衝撃に襲われた。照明の1つが割れて落ち、棚が音を立てて倒れる。  はっと我に返る。早く手に持ったアイテムをポケットに入れようとして、気がついた。 「俺……ほぼなんも着てないじゃん……」  そう、俺は薄っぺらい布のような入院着を身につけているだけだったのだ。当然、ポケットはない。 「アイテムスロットがほぼないとか、ハードコアモードかよ……!!」  「ナイトメア・ゾンビ」にも難易度があり、最も難しい「ハードコアモード」は、セーブ不可・所持アイテム数の厳しい制限などが設けられていた。  その代わりに、ほかの難易度では現れない隠しキャラクターや隠し武器が登場する。俺は当然、このハードコアでもノーダメージクリアを目指した。  結果として、1度だけクリアできたのだが、本当のクリアだとは思っていない。というのも、意図せず謎の壁抜けバグに遭遇し、倒さなければならない強敵をスキップできたことが、クリアの大きな要因だったからだ。   「くそ!」 俺は缶を一つだけ手に持つと、扉から外に飛び出した。5度目の轟音と共に、後ろで棚が崩れ、入口が塞がれていた。もう戻れそうにない。 目の前に続く廊下を小走りに進む。壁には薄らと亀裂ができていて、建物全体が不安定なようだ。 突き当たりまで来る。左はエントランス、右は病棟に続いているらしい。どちらの道も途中に扉があり、先の様子は確認できない。  くそ、ゲームならこういうとき、現在の目標が現れてどう動けばいいか分かるんだけどな…。  現実的に考えたら、建物が崩壊する前に脱出する、つまりエントランスへ向かうべきだ。一旦、エントランス側の扉を確認する。 「鍵、かかってるのか」 押しても引いても開かない。よく見ると扉の横にはカードリーダーがあった。 ますますホラゲっぽい。 となると、ゲーム脳な俺の進む道は決まっている。 建物から脱出するために、危険がまちかまえていそうな病棟へ行くしかない。 「行く、か…!」 俺は病棟へと続く扉の前に立つと、思い切って扉を開いた。
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