妄想彼氏はVtuber!

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 あぁ、耳の保養。ヘッドフォンを通すとより一層、蜂王子様のイケボがぐっと響いて私を包み込む。  私好みの、きりっとした切れ長の瞳に、青くて長い髪。蜂がモチーフの、黒と黄色で彩られた西洋の王子様さながらのお衣装に、よく見るとお尻から針が伸びている。なんという愛おしさ。イラストでありながら、瞬きをしたり、時々顔を左右に振ったりしながら喋るこの様は、尊いの一言に尽きる。更には、このイケボ。なんて狂おしいのだろう。  蜂王子様を見つめながら、今夜もカチャカチャと、キーボードを叩く。 「こんばんは」  私の打ったコメントがチャット欄へと滑り込む。リスナー達がすぐさま反応し、「いらっしゃい」が連投される。すると蜂王子様は雑談の途中で、私の来訪に気づいてくれる。 「ショウゴンさん、こんばんは。今夜もありがとう」  あぁあ、挨拶返してくれた。たったそれだけで、きゅんで胸がいっぱいになる。さっそく高評価ボタンを押した。生配信の度に必ずといっていい程参加している私のハンドルネームなど、見飽きているに違いないのに、たいていの場合、こうして丁寧に挨拶をしてくれるのだ。この瞬間のために、お風呂に入ってからパソコンの前に居座ると決めている。何となく、清潔な状態で臨みたいのだ。  コメントを打てば、拾ってくれる確率は高い。それが何とも楽しくて、二時間近く夢中で張り付いているせいで、眼鏡がヘッドフォンに押されて毎回、耳の裏が痛くなるくらい。  しかしこうして会話が出来るのも、同接三十人程度だから叶う事。蜂王子様のチャンネルが大きくなって欲しいと願う一方で、同接人数が何百人となってしまったら、私のコメントは埋もれてしまい、個別に挨拶をもらうなど、簡単には出来なくなるんだろう。だから、この小さなチャンネルでいる間だけ叶う、儚い時間なのかもしれない。 「みんな今日もありがとう。よかったらチャンネル登録と、高評価ボタンを押してください。お願いします。おやすみ」  はぁ、今夜もたまらなく好きだった。蜂王子様の配信のおかげで、私は何とか毎日立てているのだから。  蜂王子様が目の前に現れたら、どんなに素敵だろう。三十人の中の一人じゃなくて、私とだけの時間を過ごせたら、どんなにハッピーだろう。  蜂王子様が画面から出て来て、この野暮ったい部屋で私と二人きりで、お喋りしてくれる。「ショウゴンさんはショウゴンさんのままでいいんだよ」って優しく笑ってくれる。いつもたいてい、そんな妄想を巡らせるのだった。  カチャカチャとおやすみコメントを打ちながら、ふと、パソコンの横に放ってあるスマホが目に入った。可愛げも何もない、真っ黒で無機質な長方形の板が、無言で圧をかけてくる。そうだ、返信しなくちゃ……。
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