0人が本棚に入れています
本棚に追加
結愛が初めて鳴海に出会ったのは、引っ越してきて間もなくのことだった。
「引っ越したぞーー!!」
以前住んでいた場所ではうまくいかなかったが、まるで人生を一からやり直せる気がして、荷解きを終えた結愛はその喜びを隠せなかった。
新たな環境での生活に胸が躍り、気づけばベランダで叫んでいた。
これからきっと楽しいことがあるに違いない。
そんな期待を抱いて、小さく拳を握った。
これから頑張っていこう、そう思った時、ベランダに女性がいることに気が付いた。
「あっ」
先客がいるとは思っていなかったため、咄嗟の声が結愛の口から漏れた。
顔の周りが急に熱くなって、今すぐに走って部屋の中に戻りたくなった。
「こんにちは」
その人は浮世離れしているほどに綺麗だった。
絵画のように整った顔立ちと煙草を吸っている立ち振る舞いがまるでドラマのワンシーンに登場する女優のようだった。
しかし、その女性の目はまるで結愛の方を見ていないようだった。
遥か先の一点に焦点が合っているような表情をしていた。
「こ、こんにちは」
慌てて結愛の口から出た言葉には動揺が隠しきれていなかった。
それとは対照的に、落ち着いた雰囲気のその女性は言葉を続けた。
「今日引っ越してきたの?」
やっぱり聞かれてたのか……。
そう思うとより一層恥ずかしくなってきた。
「そうなんですよ」
「そっか……。私、隣に住んでるから、もし困ったことがあったら何でも聞いてね。それじゃあ」
女性はそう言うと、吸い終えた煙草を片付けて、自分の部屋に戻っていった。
かくいう結愛も自分の部屋に戻ったのだが、すぐさま自分の寝床に飛び込んだ。
そして、先ほどの行いが忘れられず、しばらくの間布団を頭にかぶって悶えていた。
ベランダが隣部屋と共用だということを忘れていた……。
変な人だと思われた……最悪だ……。
この隣人の女性が鳴海であり、鳴海との出会いは結愛にとって恥ずかしいものとなった。
最初のコメントを投稿しよう!