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「胎児はどんな夢を見るんだろうね」
「え?」
いつものようにベランダで煙草を吸いながら話をしていると、鳴海が不思議なことを言った。
鳴海は、問いかけの意味が分からずに困惑する結愛の様子を見て、少女のようなくすぐったそうな笑みを浮かべた。
「きっと、眠っている間に色んなことを感じてるんだろうなって……。分かりっこないけどね」
ベランダにさらりと吹いた風が煙草を唇に咥えようとした鳴海の長い髪をなびかせた。
普段は髪で隠れている細く白い首筋が露わになる。
結愛はその彫刻のような美しさに目を奪われた。
同時に、夜の水面のように暗く、どこか遠くを見ているような瞳に不安を覚えた。
「突然変なこと言ってごめんね。気にしないで」
「変ではないですよ。ただ、鳴海さんがそんなこと言うなんて……頭でも打ちましたか?」
鳴海の良からぬ雰囲気を感じ取り、結愛は話題を変えようとする。
「面白いことを言うじゃないか……」
いつもの調子で何でもないように鳴海が結愛の頬を指先で小突いた。
温かな笑みを浮かべる鳴海の表情に結愛の口元も緩む。
「やめてくださいよー。ごめんなさいって」
「分かればよろしい。気を付けたまえよ」
鳴海の調子に安堵する一方で、脆く、触れてしまえば壊れてしまうような雰囲気が結愛は怖かった。
「鳴海さんも難しいことばっかり言ってたら駄目ですからね」
「そうだね」
結愛にとっては鳴海と一緒にいられればそれで幸せだった。
それ以上は望まない。
「ねえ、鳴海さん……」
「なに?」
「いなくならないでくださいね」
鳴海からの返答はなかった。
「そろそろ、寒くなってきたし、部屋に戻ろうか」
「そうですね……」
その日の晩、結愛の悪い予感が的中した。
鳴海が自殺した。
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