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日没。少女が来るまでのしばらくの間、私と彼は少女の行く末を老婆心であれやこれやと物議を醸していた。
どちらもチョコの味見をしていた訳ではないのでもし不味かったらどうしようだとか、そもそもの話振られてしまったらどうフォローしてあげようかだとか、如何せん最悪の事態は存在する訳で、それを前夜に体験したであろう彼は私のネガティヴを払い除けることなく受け止めてしまっていた。そうして何故か、私の発言を何故否定から入らず肯定してしまうのだ、という無駄でしか終わらない説教を始めてしまう私が存在する羽目になってしまった。
だが少女は待てども待てども来なかった。そうして父親のいない夜、すれ違いに少女は乱れた格好で私たちのもとに訪れたのである。
美しいセーラーはジャンパースカートがシワになり、リボンは寄れて歪な形を保っている。黒の御簾から覗く顔は涙でくしゃくしゃになっており、おやおやこれは、と彼と顔を見合わせ戸惑いを隠せずにいた。
少女の手許には試作品よりも気合いの入った、丁寧に包装された生チョコがあった。受け取って貰えなかったのだろうか。にしては帰りが遅過ぎやしないだろうか。
弱々しい光は少女のすべてを照らすことなど到底叶わず、ただ傍にいてやるだけしかできることがなかった。彼は少女の生チョコを足で器用に奪い、食べている素振りを見せた。少女は「ひどいよ、カラスさん」と苦笑した。苦笑して、ボロボロと表の顔が崩れ去る様子を、私は少女の背中越しに感じていた。
少女の垂れる大粒の雫を石畳が吸う。セーラーの寄れ方は、よく見れば誰かに掴まれて突き飛ばされたような跡がある。少女の悲痛な泣き声は「先輩」という言葉を繰り返していた。
「先輩にちゃんと、っ……渡しだがっだあッ……」
生チョコの周りに群がるアリを、彼はチョイチョイと足で動かして弄っていた。決まりが悪くなるときの、彼の悪い癖だった。
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