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 翌日、私は目を覚まし、洗面所へ行って顔を洗おうと鏡を見て衝撃を受けた。  鏡に映る私の顔は、見るに堪えない悪人面になっていた。  しかも、この人相には見覚えがあった。そう、昨晩遭遇したのっぺらぼうの顔に描いた凶悪殺人鬼の人相と同じであった。  何とかこの人相を掻き消す為に冷水で必死に洗ったが、肌が赤くなるほどに擦っても全く落ちる気配が無かった。  これは大変な事態だと私はすぐさま家を飛び出し、周囲に助けを求めるのだが、私の顔を見るなり誰もが視線を合わせようとせずに足早に去っていく。  思い切って声を掛けても逆効果で誰も私の話を聞いてくれない。  途方に暮れている私の元に警官2人がやって来た。  やっと話の分かる人間が来たと安堵したのも束の間、両腕に手錠を掛けられた。指名手配中の凶悪殺人鬼が現れたと通報があったとのこと。問答無用で現行犯逮捕ということで連行されるわけである。  警察署の取調室で説明をするわけだが、案の定身に起きたことをありのままに話したところで信じてもらえない。  どうすればよいか悩みながらポケットを漁っていると、財布の存在に気付いた。  そうだ、財布には運転免許証が入っている。これは自身の潔白を証明するにこれ以上ない確固たる証拠である。  私は思い切って財布をポケットの中から取り出して運転免許証を提示する。  しかし、私はそれを見て愕然とした。運転免許証に映る顔写真、記載された名前が凶悪殺人鬼のそれにすり替わっていた。  結局私の弁明は何一つ通じず、指名手配中の凶悪殺人鬼の逮捕でこれから事件の全容解明に向けて捜査が本格化するというニュースが世間に公表された。  月日が経過し、私は無実の罪を証明されないまま、死刑判決を受けた。  死刑執行のその日まで、私は狭く薄暗い独房の中で深海の如く深い絶望と恐怖に(さいな)まれ、そして恨み辛みを自身へぶつける。  あの時、ポケットの中に油性ペンさえ入っていなければ、こんな目に遭わずに済んだのだ。  あの油性ペンさえ……。何もかも全て黒く塗り潰れてしまえば……。  支離滅裂に叶わぬ願望を妄想すると、ふと脳裏に私自身の顔が黒く塗り潰される場面が映し出された気がした。  とうとう幻覚が見えてしまったかと自嘲したが、それが幻覚でないことはすぐに分かった。  見回りに来た看守が私の顔を見るなりひどく動揺し、「顔が黒く塗り潰されている」と絶叫した。  そのまま独房から引きずり出され、すぐさま病院へと送られて精密検査の連続であった。私の精神はぼろ布のように擦り切れ、もう何かを考える気力さえ消失してしまった。  死刑執行の日は延期に延期を重ね、私の視界はついに黒一色となった。           《完》
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