妖精のドレス

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 ここはある人形師の家。ひとりの若者が一生懸命作ったたくさんの操り人形たちが、家のあちこちに大事に飾られています。  おどけた少年の人形や、優しげな老人の人形。お化粧をしたお姫様の人形や、学者の人形などがあります。そのどれもに操り糸がついています。  その家の、うららかな午後の日差しが降り注ぐ窓辺に、一人のお客様が舞い込んできました。 「あなた、あまり美的センスを活かしきれていないわ」  ちょっとばかり高慢ちきな物言いをして入って来たのは、小さな体に薄く繊細な羽根を持つ妖精でした。  人間の肩に乗れるほどの大きさで、小さな顔には目や鼻がバランス良くおさまっています。  若者はもちろん妖精なんて初めて目にしたものですから驚いてしまい、目をこすって目の前の妖精の姿を何度もたしかめます。  妖精は人形の一つに近づいて、顔や体や洋服なんかをふむふむと言いながらじっくりと眺めています。  良く言えば素朴な顔立ちの人形たち。可愛らしくはあるけれど、洗練さとは程遠い出来ではあります。 「腕はいいみたいだけど、人形の命はやっぱり顔でしょう? 美しくないものには、人は惹かれないものだわ」 「えっと、君は……?」  妖精はお姫様のドレスを着た人形の生地をその小さな手で引っ張りながら、あら、と振り向いた。 「ごめんなさいね、急に。あなたをけなしたくて来たのじゃないのよ。むしろ評価をしたくてやってきたの」 「それは、どうも……?」  いつも黙々とひとり作業の多い若者は、おしゃべりなタイプではありません。初めて見た妖精の美しさとその声の鈴のような軽やかさに目を奪われ耳を奪われるばかりで、まともに会話ができるような状態でもありません。 「私はティアナ。ごらんの通り、妖精よ。驚かせてしまってごめんなさいね。実はあなたに頼みごとがあってお邪魔したの」 「頼みごと、ですか? 僕なんかにいったい何の用事でしょう?」  妖精は家の中をぐるりと見渡して、そこここに飾られている人形たちを眺めます。大切にされ、愛情を注がれているのが伝わってきます。 「うん、やっぱり素敵」 「さきほど美的センスがないと言われたような」 「無いとは言っていないわ。活かせていないと言ったのよ」  言ってくるりと、お姫様の人形のドレスの生地を身に巻き付けました。 「ねぇあなた、私のためにドレスを作ってくれないかしら?」  淡い緑のお姫様のドレスに日があたり、ティアナの身を飾ります。瞬間、若者の頭に、ティアナがそれを身に纏っているイメージが浮かびあがりました。いいえ、お姫様の人形に着せているものよりももっとうんと素敵なドレスのイメージが浮かんできたのです。 「実はこっそりとあなたの仕事を見ていたのよ。人形のほうはいまいちだけど、ドレスや洋服や靴なんかは綺麗でとっても素敵だわ。私、あなたの作るドレスを着てみたいって思っていたのよ」  若者は嬉しさを感じながらもやっぱり、しょげかえってしまいます。 「それは、人形師としてはかなりへこむ評価でもあるんだけれど」 「あら、評価すべき点があるのと同時に伸ばすべき点があるのはいいことだわ。そこに力を入れれば良いだけのことだもの」  若者はくすりと笑います。 「たしかに、そうだね」  じっさい、人形の顏が子どもたちにあまり人気がないのは事実でした。もっと美しいものを観察して、それを人形に活かせるようにしよう、と小さく心に決めます。 「ドレスを作るのは構わないけれど、それはいつまでに? できればきちんとサイズを計って、君にぴったりのものを作りたいんだけれど」  人形の服を作るのは慣れていましたが、妖精は人形とは大きさが違います。手足の動き方だって違いますから、いつもと同じように、というわけにはいきません。  けれど断ることはしたくはありませんでした。何せ妖精のためにドレスを造るなんてめったにないことですし、さきほど浮かんできた美しいドレスのイメージを手放したくはありませんでした。  あとこれは一番大事な理由。ティアナの喜ぶ顔が見たいなと、そう思ったからです。 「次の満月の晩にパーティーをするの。その時までに間に合うかしら」  若者は日にちを数え、うん、と頷きます。 「だいじょうぶ。間に合わせてみせるよ」 「ほんとうに? 楽しみだわ! あなたが人形のために作る服はどれも美しくて素敵だから、着てみたいって思っていたのよ」  声を弾ませて喜ぶティアナに、若者も目を細めます。 「代わりにお願いがあるんだけど」  おずおずとティアナに願い出ます。 「ドレスが出来上がるまで、できる限りで良いんだ。ここに通ってきてくれないかな」 「いいわよ。サイズ調整とかあるものね」 「それもあるけどそれだけじゃなくて、君をスケッチさせてもらえないかと思って」  ティアナはきょとんとします。 「私の絵を、描くの?」 「ああ、嫌だったらいいんだ。断ってくれ」  若者はぶんぶんと顔の前で手を振ります。ティアナは何だか面白くなって、若者の近くまで飛んで、その肩に座りました。 「……僕は自分の人形を愛している。それをもっと良くできるのであれば、そうしてやりたいんだ。美しいものをしっかりと目に焼き付けたら、きっとこの手でも表現できるんじゃないかと思って」  美しいもの、の言葉にティアナの頬がほんのりと赤くなります。 「それが、私?」 「だめかな?」  ふふ、とティアナは笑います。 「良いに決まっているわ。どうぞよろしくね」
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