妖精のドレス

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    *  ティアナと出会った若者が住んでいた家は今は、大きな建物となっています。  たくさんの子どもたちや大人の愛好家が出入りする大人気のお店になりました。扱っているのは顔立ちのとても美しい――まるで妖精のようだ、と評される、繊細で気品のある人形でした。  そのお店を営むのはひとりの青年。窓辺から差し込んでくる光がふいにふっと薄らいで、鳥が下りて来たのかと顔を上げます。 「お久しぶり」  ――するとそこには、小さなお客様がいたのです。  小さなお客様――妖精は青年の顏を見て、あら? と首をひねります。 「あなた、違うわ。よく似てるから間違えちゃったわ。ねぇ、あの人はどこ?」  姉の結婚を機に棲む場所を移動したティアナは、ここが以前見ていた家とはまるで様子が違うことに驚きながらも喜びます。「美しいもの」をしっかりと観察した若者は、人気の人形師になったのでしょう。  ウインドウに飾られる人形たちの顔はどれも違う顔、違う表情を持っていますが、どこかにティアナの雰囲気を隠し持っているようにも思えます。 「あの人に会いに来たのよ。お願いしたいことがあるの。会わせてもらえるかしら」  青年は最初こそ妖精の登場に驚いて目を丸くしていましたが、すぐに心得た表情になっていました。 「もしかして、ご結婚されるのですか?」  朴訥としていたあの若者とは違い、落ち着いた佇まいをしています。似ているけれど、似ていません。  ティアナは幸せいっぱいの笑顔を見せて答えます。 「ええ、そうよ。少し前にね、注文しておいたのよ。あの人はきっと私にぴったりのドレスを作ってくれるはずだわ」  青年は手をすっと差し伸べて、店の中央、大きな時計のもとへいざないます。 「はい、承っています。どうぞ、こちらへ」  この人はもしかしてあの人の子どもかしら――ティアナはそんなことを考えます。  妖精と人は時間の流れを同じようには感じられません。妖精は人間と比べていつまでも若く、そして長生きなので、人の世界の目まぐるしさにはついて行けないところがあります。 「この時をずっと待っていました」  懐から恭しく金の鍵を取り出した青年は、それを時計の中央に差して回します。かちり、と鍵の開く音がしたと思うと、時計の盤面が開いて音楽が流れ出しました。 「ああ、こんな細工をしていたなんて」  鍵を開けた本人である青年が感極まった表情を見せます。まるで心が浮き立つような、踊りだしたくなるような音楽が店いっぱいに流れます。  時計の盤面が開かれた奥に、金に輝く布が見えました。青年が手を差し入れてそれをそっと取り出します。  ――それは見事な、ほんとうに見事なウエディングドレスでした。  妖精の女王だってこんなドレスは持っていないだろう、とさえ思うほどの、無垢な白。その白を縁取り彩る金のレースやリボン。襟や袖も妥協なく美しい意匠をこらしてあり、眩しさに目がくらむほどです。 「さすがは祖父だ。これほどのものを作っていたとは」 「……おじいさん?」  ティアナは青年の顔を見ます。 「ええ。……祖父にお会いになりたいとのことでしたが、申しわけありません、それはできないのです。祖父はもう十年以上も前に亡くなってしまいました」 「死んでしまった……の?」 「ええ。妖精はきっと長生きだろうからそれに負けずに生きるぞ、と言っていたのですが、寿命には抗えませんね。けれど悲しまないでください。祖父は最後まで人形やあなたのドレスのことばかり考えて、ずっと元気だったんですよ。――時計にこんな仕掛けを施すほどに」  ――これはきっと、あの人から自分へのお祝いの音楽だ、とティアナは思います。 「最高のものが出来た、と言って仕上がったのはこのドレス一着ですが、祖父が書き残したドレスのデザイン画はまだまだたくさんあります。あなたは祖父にとって美の女神だったんでしょうね。あなたを思い浮かべるといくらでもデザインが浮かぶ、と言っていましたよ」  そう言って、古びた分厚いスケッチブックを差し出してきます。 「おかげで人形のほうも人気になりまして、ごらんの通りの賑わいです。今扱っているのは、操り人形ではなく普通の人形ですが」  あの人が愛していた人形がたくさんの人たちに愛されている。それはティアナの胸を熱くしました。 「もしこのデザイン画の中から他に気に入ったものがあれば、私が代わりに――」 「いいえ」  青年の言葉を優しく遮り、ティアナはにっこりと笑いました。 「このドレスが良いわ。きっと他のどんなものと比べたって、このドレスより素敵なものはないもの」  青年も笑い返して「そうですね」と答えます。 「着てみても?」  ドレスを抱きしめ問いかけるティアナに、青年は答えます。 「はい、ぜひ」
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