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とある老人の話
少し変わった老人が私の元を訪ねて来た。
ずいぶんと古い服を着ていて、白髪でヨボヨボの老人だ。私の覚えている限り、こんなに歳をとっている知り合いはいないし、無論この老人のことも知らない。
しかも老人は、まだ十九の私に、わざわざ手土産までもって来てくれたという。
頭の中は老人に対する疑問でいっぱいだった。
この老人は誰なのか、なぜ老人は私を訪ねて来たのか、どこかで会ったことがあっただろうかなどなど、考えれば考えるほどわからなくなっていく。
この老人は祖父の友人なのか?
それとも、私の友人の祖父とか、まさか幽霊?
そんな仮説を立てた。
老人はここまで来るのにかなりの体力を使ったようで、私の前にしゃがみ込んでいる。
私は老人の呼吸が整うのを待った。
老人は改めて私と向き合って深々とお辞儀をした。
私は聞きたいことが沢山あったが、まずは老人の話を聞くことにした。老人は真剣な眼差しで私の方を見ている。
「おひさしゅうございます。」ゆっくりとした口調でそう言い終えると、老人は深々と頭を下げた。私は訳がわからず困惑したが、ひとまずこちらも礼儀として頭を下げた。
老人は続ける。
「私はあなたに命を救われました。あの時のことは今でも忘れません。」
声は震えていて、目には今にも溢れ出しそうなほど感情がこもっている。
私は人違いを疑った。
何故なら、私の人生で人を助けたことなど、たったの1度だってなかったからだ。親孝行すらせず、自分のことしか見ていなかった。そんな人生だった。私に頭を下げるなど、まして私に「命を救われた」なんて意味がわからない。
しかし、老人の仕草からそんな様子は一切見られない。
私は老人に聞いた。
「私はあなたに何をしたのですか?」
「あなたの部隊が全滅する前日、あなたは少年兵である私の食事に睡眠薬をもりました。私が起きた時には一枚の手紙を残して、部隊はすでに野営地を立っていた。その後、私は後方支援の隊に保護されました。私はあなたに命を救われたのです。あの時のご恩は70年以上経った今でも忘れておりません。」
確かに私ははっきりと覚えている。玉砕作戦の前夜、ボロボロの写真を見て、声を殺して涙を流していた小さな少年の姿を。袖の焦げた軍服を着た少年兵に託した最期の命令を。
見れば老人の軍服の袖は焦げてボロボロだった。そうか、あなたはあの時の少年だったのか。
まだ命令は継続していたのか。
「相変わらず君に軍服は似合わないね」と私は言った。その言葉が老人に伝わったかどうかは分からない。
老人の家族が私の墓の前にやって来たのはそれからすぐの事だった。
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