再会

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再会

 私が待合室の長椅子に座っていると、ふと視線が合った。歳は私より年上でそこにいるだけで存在感がある男性。見た目は四十代くらいなはずなのに衰えが見えない。  一瞬、男性と目が合ってしまったけれど、私の視線に気付いた男性は狼狽えることなく私をじっと見つめてきた。  咄嗟に私は視線を逸らしてしまう。気まずい空気が流れて俯くしかなかった雰囲気に男性が私に近づいてきた。目の前まで男性がやってくるのが分かると、なぜだか体が強張る。  思ったほど体格が良いのに、きつい顔つきをしていたような気がしたから。 「あの、すみません。なにもありません。つい、視線が向いてしまって、」  自然と言葉が出ていた。謝罪をしたのにも関わらず、男性には届いていないのかその場にじっと立ったまま。  身の危険を感じた瞬間、男性は思ってもいない言葉を発する。 「どこかで会ったか? どこかで会ったような気がするんだ」 「え?」  思わず声が出てしまった。私の記憶に男性は見覚えがない。初めてお会いするはず。男性の言っている意味が分からなかった。 「初めてお会いします」  それだけ答えると、私はその場から離れた。  ただの頭痛で病院を訪れた先にこんなことがあるなんて思っていなかった。誰だって予想はできない。そもそも、見ず知らずの男性から声を掛けられることは普通に考えて、ない。普通は。  私が色々考えているうちに事は進んで、薬を受け取って病院に出ようとした時だった。 「わ!」  病院の外で先ほど会った男性が立っていた。大きな声で驚いてしまったせいか、男性は私に気付いた。 「また会ったな。やっぱりどこかで、」  忘れているだけだったら申し訳ないけれど、幾ら思い出しても男性の姿は記憶になかった。 「人違いなのではないでしょうか?」  あの時、目を合わせてしまったのが悪かった。出来れば、今すぐこの場所から立ち去りたい。  私の気持ちとは正反対に男性はぐいっと顔を近づけてくる。正直、恥ずかしいけれど、気持ちを耐えた。  直ぐに、男性ははっと閃いたような表情をする。 「あの時のか! なんだそうか。久しぶりだな」  一気に男性の表情がぱあと明るくなったけれど、私にはなんのことかさっぱりだった。反応からして男性に以前会ったことがあるのは確か。でも、幾ら思い出しても記憶にない。  いったい誰なんだろう?  私の表情を読み取ってか、男性は悩み出す。 「もしかして、覚えてないか? ほら、飲み屋で働いていただろ」  確かに飲み屋で働いていたことがあるけれど、あの時は仕事に慣れるのが精一杯でお客さんを細かく見ていなかった。常連客なら覚えているかもしれない。 「俺は常連だったのに忘れたのか? それに話に付き合ってもらったのにな」  常連という言葉にはっとする。それでも、未だに思い出せないなんて私の記憶はそんなものだったのかな。  ふと、男性を見ると、少し寂しげに俯いていた。 「まぁ、いいや。話に無理矢理付き合わせちゃったのかもしれないしな」  男性は言葉を口にして、頬を緩めた。その瞬間、ある記憶が呼び起こされる。そうだ、昔この人に。  そう思った瞬間、昔の気持ちがよみがえる。あの時、私はこの笑顔に惹かれたんだ。なのに、どうして今まで……。 「あの、すみません。今、思い出しました。久城さんですよね。奥さんの話をしていた」  言葉を切り出すと、久城さんは気まずそうに笑う。 「そうなんだが、もう別れちまったよ」 「あ、そうでした。すみません、私、」  そうだった。途中で奥さんと別れて、やけになって何杯も飲んでいた姿を思い出した。徐々に思い出して、忘れていたことに恥ずかしくなった。なぜ、今まで忘れていたのか不思議でならなかった。 「別に構わない。あの時は散々だったけどな」  言葉を口にして、苦笑いをしている。言葉通り、あの時は酷く落ち込んで愚痴を零していた。  それからだったかな。よくお店に入り浸り、何杯も飲んでやけになっていたのは。突然、姿を消していつものお店に戻ると、私もお店を辞めていた。  そんなことを思っていると、私たちに近づいてくる人が現れた。 「久城さん、呼んでますよ」 「あ、すみません」  どうやら、久城さんの順番が回ってきたらしく、呼びにきたらしい。私は既に終わっているから関係ない。  それなのに、外に立っていたなんて待っていたとしか考えられない。そう思った直後だった。 「少し、待ってて、くれないか?」  久城さんはそう言うと、私の返事も待たずに病院の中へと入ってしまった。  返事も出来ずに私はその場で立ち尽くす。少し辛そうにしていたのは気のせいかな。  気にしつつも待つことにした。  
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