内部告発

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 翌朝、スマホのニュース速報に僕は声を失った。  そこには『ベルティ電機の新型エアコン、不正発覚』の文字が。 「なんだって……!」  記事によると従来比5%性能アップという新型機は『過剰な電気を流すことで性能試験を誤魔化していた』らしい。さらに、その過剰な電気が悪影響して古い家屋では火災が起きる可能性があるという。  どうやら経産省に内部告発があったようだ。  何処かで聞いたような話。ライバルであるベルティ電気も全く同じことを考えていたということか。 「おい、聞いたか!」  会社に着いて真っ先に灰沢の元へ走った。 「知っている」  灰沢に驚きの空気はなかった。さも当然のようにしてスマホで『業界を震撼させる事態』の文字を追っていた。 「まさかベルティも同じことを考えていたとは驚きだな」  そう言って揺さぶりを掛けてみるが反応は薄い。 「何か裏があるのか?」  そう言えば中島さんが何かを知っている素振りだったが。 「ベルティのエアコン開発担当に、大学時代の同期がいる。それだけのことだ」 「……なるほど」  何となく理解できた気がする。  ベルティも内情はうちと大差ないブラックだった訳だ。そして開発に無茶振りが来て、知り合いの灰沢に相談したと。多分、社内的にも『脱法もやむなし』という空気感だったのだろう。そこで。  灰沢と二人で過負荷運転(オーバーライド)という方法を考えた。そして、ベルティの製品を先行して発表させてからこちらも同じ仕様で新製品を作ると。  そして内部告発だ。  不正データをそのまま流出させるとPCのアクセス履歴から誰が『犯人』かすぐに分かってしまう。だが同じ原理で『0.16%だけ数値の違う我が社のデータ』がでたら、その出所を突き止めることはできない。正義の心を持つ犯人を特定することは不可能だ。  そう。だから灰沢はその『0.16%』を大きいといい、データを僕に欲しいと頼んだのだ。 「よお、聞いたか」  中島さんがのっそりと部屋に入ってきた。 「今度のうちの新製品も発売を取りやめるんだとさ。原理がほとんど同じである以上、経産省に検証されたらヤバいからな」  灰沢はうちだけでなく、業界全体に警鐘を鳴らすために一芝居打ったという訳だ。……『そこまで愚かじゃない』か、なるほど恐れ入ったよ。  結果的に、僕らは踏みとどまることができた訳だ。願わくばこれを期に無理な開発計画やゴールのない利益至上主義に歯止めか見直しが入るといいのだが。 「オレが新参だった頃には『市場で思わぬ不具合が出る』なんて珍しくなかった。技術が低かったからな」  中島さんが灰沢のスマホを覗き込んだ。 「だから新製品が世に出る度に、夜は震えて眠れなかったものだよ。怖いんだ、何処かで火事や感電が起こるんじゃないのかって」  よいしょ、と言いながら中島さんが背中を向ける。 「だからせめて、毎日ちゃんと眠れる製品を作ってくれよ。それで十分じゃねぇか」 「ええ、そうですね」  灰沢は素っ気なかったが。  快適と発展、成長と安心……このチキンレースは何処までが健全で何処からが危険なのか。煽られる期待に何処まで応えるべきなのか。  僕らはただ、これからも震えながら暗闇の未来に手探りの模索を続けるしかないのかも知れない。 完
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