内部告発

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「どう? 様子は」  昼飯時の社員食堂。灰沢の座る隣に腰掛け、アジフライ定食のトレーを白いテーブルに置いた。 「『消費電力を5%減らす』。仕事は分かりやすいさ。問題はそこじゃない」  小声ながら灰沢は淡々としていた。 「……だろうね」  そう、単なるだけなら何とでもなる。簡単な話、黙ってモータの出力を5%絞って性能を下げればいい。それで見た目は省エネになるが、当然性能は出ないことになる。なので。 「性能試験側でもできる限りの手は尽くすつもりだ。ま、法律の範囲があるから無理はできないが普通の家では絶対に再現しない環境での試験だよ」  それを詐欺と言ってしまえばそうかも知れないが、所詮機械ものの公式性能なんて『ベストエフォート』だ。『最高の条件さえ揃えばできないことはない』という言い逃れ。実使用の2~3割引きが普通と囁かれる車のカタログ燃費といい勝負だ。 「問題は時間だな。次のシーズンに投入となると型式認定やら新作する金型や生産設備の用意、デザインの承認とかCMやカタログの準備なんかも含めれば実質の開発期間なんてほぼゼロに等しい」  メ―カーにとって新商品の発売は一大イベントだ。社内における全ての組織が一気に動くことになる。 「辛いよなぁ。いつもだったら外装デザインを少し変えてから便利機能をチョイと乗せて『新商品です』で売るからそれほど負担じゃないけれど」  5%の性能向上が、何処まで生産ラインに影響してくるか。調達する材料は間に合うのか。問題山積、いやむしろ問題しか存在しない。それも『その技術が達成された場合』という前提なのだ。 「エアコンなんて枯れた技術じゃないか。今更5%なんてどうにかなるのか?」  横目で灰沢を見やると。 「アイデアだけなら色々あるさ。ただ実証に時間が掛かったり、開発コスト度外視だったり、耐久性を犠牲にしたり、加工条件が格段に難しくなったりするだけで」  普段は少食な灰沢がB定食のカツ丼の残りを掻きこんでいた。多分、昨日が徹夜で朝飯を食べていないのだろう。ブタ肉は神経の疲労回復に効くというし。 「……灰沢、言いたくないが」  やっと本題に入る。 「零号試作機の試験は遅くとも明後日の朝9時とスケジューリングされている」  技術の目処が全く立っていない中で、スケジュールだけが一人歩きをしている。だが『待った』は掛けられない。すでに全社が『その前提』で動いているのだ。  仮にここで僕が課長に「無理です」と言ったところで課長とてただの中間管理職、「だから何だと言うんだ?」と聞き返されて終わりだ。何しろ社運と社員の生活がのしかかっているのだから。 「明日は徹夜になる。すまんがそのつもりをしておいてくれ」  そう言い残して、灰沢は視線を合わさないままに席を立った。
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