内部告発

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 翌日は朝からてんてこ舞いだった。   何しろ翌朝9時には『合格』という判定書を出さないといけない。一発OKが出せれればいいが、大抵は様子を見ながらの調整時間が入る。どうしても長丁場は避けられない。 「できるところは先にやるぞ」  予め『改良する範囲』は聞いているから、それ以外の部分のデータを先行して作っておくのだ。無論、試作品は間に合っていないからそこだけは『従来品』でテストして結果を記録しておく。『改ざん』と言わればその通りだが、何も変更していなければ結果は同じなのだ。  環境試験室の準備も万端にしてある。余計な熱が入ってきたり逃げたりしないよう断熱材もいつもの倍だし、試験室の外も最終目標温度と同温にしてある。そうしておくことで発生させた熱が逃げないようにするのだ。……工夫だよ、工夫。自分にそう言い聞かせる。 「待たせた」    灰沢が試作品を持って現れたのは午後5時すぎだった。原理試作品だからとても格好いいとは言えない。むき出しの銅管がいかにも間に合わせ的な。 「いや、いい時間だ。ここから外気温が下がるから、まずは暖房から先に試験しよう」  明け方になると放射冷却で一気に外気温が下がる。ごく僅かとはいえ、外気温の影響は無視できないから室外機を効率的に冷やせる冷房の試験はその時間帯にやりたい。 「配管と電源だ。早く繋ごう。それと真空引きだ。ギリギリまで真空度を上げるぞ」  定年再雇用の中島さんがゴツい手で手際よく接続を始めていた。  通常の家庭用エアコン設置では、繋いだ銅管に留まっている空気を引き抜くことはしない。設置にかける時間を節約するためだ。そのために冷媒に空気が混じって、少しだが効率が低下する。  だがこれは性能試験だ。その『少し』とて大きな問題。 「気密はいいか? 冷媒センサーは当てたか?」  ぐったりとした顔の灰沢に確認する。 「……一応、確認はした。いいと思う」  ここで機器にトラブルが起これば全てがだめになる。 「真空度、出ました! ガスチャージ完了、試験準備OKです!」  後輩の合図で試験運転のスイッチを入れる。 「よし、じゃあ始めるぞ」  『異変』はすぐには気がついた。普通の人間から見たらただの温度カーブにしか見えないだろうが、どう見ても従来品より『一般家庭の部屋に見立てた試験室』の室温が下がる速度が早い。  そう、5%。何かをやったのは間違いない。問題は、それが何かだ。   「……圧縮機(コンプレッサ)の設計を変えたのか? それとも何か新しい冷媒(ガス)を突っ込んだとか?」  大きな変更の場合、『それ』の認定と確認をとる作業が膨大に発生する。とても明日の朝に合格は出せない。しかし。 「いや。制御のプログラムを変えただけだ」  灰沢の表情に自信や誇りの類はなく、ただ目の前の状況を呆然と見守っているだけだった。
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