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翌朝、8時45分。
全ての試験が終了し、同時進行で進めていた判定書も何とか作り終わった。
結果は『従来品率 5.16%向上』。四捨五入すれば、どうにか5.2%と言い切れる数値だ。
「課長、結果置いておきます」
一睡もせずにできあがった報告書を課長の決済箱に置いて立ち去る。とりあず休憩して、今日はこのまま有給にさせてもらおう。とてもじゃないが身体がもたない。
自販機コーナでブラックコーヒーのボタンを押すと、背後に灰沢が「お疲れ様」とやってきた。
「……」
黙って椅子に座り、同じくブラックコーヒーのプルトップを引き開ける灰沢を見つめる。
「いいのかよ、あれ」
小声で尋ねる。試験の最中にはあえて口にはしなかったが。
「仕方ねぇだろ」
灰沢は半ば吐き捨てるように言った。
「他にどうしろというんだ? 何かいい手があれば教えて欲しいもんだぜ。ああ、あとでデータだけ寄越してくれ。次の参考にする」
「……分かった」
喉を通るブラックコーヒーが腹の底まで真っ黒に染めていくような気がする。『何かいい手』なんて、偶然の産物みたいなものだ。そこに確実性を期待する方が間違っている。だから、あれは必然なんだ。
「過負荷運転だろ、あれ」
周りに気をつけて話しかける声が細かく震える。
「運転開始と同時に、最大定格よりも過負荷運転させて大量の冷気を流す……」
試験室は一般家庭より遥かに断熱が効いているから、一度冷えた冷気が周囲の影響で温まってしまうことが少ない。
そこで。
「最初だけ能力を過剰に上げて空気を冷やし、途中からガクンと出力を抑えることで『トータルでは5%省エネ』に見せる。試験の数字はいいだろうが、断熱が悪い普通の家庭でその手を使うと途中から部屋が暑くなるぞ? どうするんだ」
「……エアコンは目標温度になるまでフル運転する、それだけだ。ま、省エネにはならんがな」
灰沢は疲れた肩を落としていた。
「当たり前だろ? 何しろ中身が全く変わってないんだから」
自虐的な嗤い声が床に沈む。
「それだけじゃないだろ」
その場合、問題は。
「無理やり運転能力を上げているから、どうしても運転電流が高くなる。一般家庭で、あんな電流を流し続けたらコンセントや電源線が焼ける危険があるだろう?」
無論、そうした電線やコンセントには安全率があるからすぐに焼けることはないだろうが。長期に使ったとすれば。
「バレたらリコール……いや、大問題になるんじゃないのか?」
もしも火災になって家屋が失われたとしたら。もしかして逃げ遅れた家人が亡くなりでもしたら。その社会的問題の大きさは計り知れない。
「さっき言ったろ」
灰沢はボサボサの髪で顔を隠すようにして呻いた。
「他に手は無かったんだ。お前も判定書で合格を出したんだろ? もう遅いんだよ、今更。走り出したものは、止められねぇ」
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