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「目を覚ましてくれ…お願いだ」
優しい声が僕を呼ぶけれど、僕の意識は浮かび上がることなく揺蕩ったままだ。頭は起きているのに、体は1mmたりとも動かない。
声の主はそっと、僕の耳元で囁く。
「篤志」
無理やり水中から引き上げられた魚のように、揺蕩っていた意識が浮上する。
どうしてその名前を呼ぶのか。他でもない、あなたが。
「気づいてた。ずっと…」
息が止まるほど強く抱きしめられ、身動きができなくなる。
「俺のせいだ、全部…ごめんな…。ずっと、お前に会いたかった。篤志。お前が好きなんだ」
嗚咽を漏らしながら、より一層強く抱きしめられる。流れ落ちた涙が、篤志の洋服にしみこんでいく。
(また、この人を泣かせてしまった)
篤志は、彼を初めて泣かせてしまった日のことを思い出していた。
篤志と彼が出会ったのは、今から3年前、26歳の時だ。篤志の双子の妹、栞のお見合いの席でのことだった。
栞と篤志の容姿は身長や体重、顔立ち、中性的なショートヘアに至るまで、瓜二つであった。唯一の違いは声だけであった。
栞と篤志の父親は若くして事業に成功し、一代で地位や財産を築き上げた社長だった。そのため栞と篤志は幼少期より跡取りとしてやや過保護なほど大切に育てられ、2人とも真面目な性格であったこともあり、色恋とは無縁の人生を送ってきた。20代も後半に差し掛かっているにもかかわらず、恋人も作ろうとせず結婚願望もない2人を心配した両親が、それぞれに見合いの席を設けることとなったのだ。まず、栞のお見合い相手として白羽の矢が立ったのが、新城響であった。彼は先祖代々続く、大企業の御曹司であった。
「一人でお見合いに行くのは不安だからついてきてほしい」という妹の懇願に負け、篤志は仕方なく見合いの席に参加した。お互いの両親とも多忙なため、当日は見合い相手と栞と篤志という奇妙な構図になってしまうことを伝えたが、先方は快く了承してくれた。
(せっかくの休みなのに、面倒くさい…)
見合いの場となった高級料亭の一角で、篤志は退屈な気分をかみ殺していた。
「お待たせして申し訳ございません。初めまして、新城響と申します。」
そう言って現れた男性を見て、篤志は一瞬息を止めた。
人懐こそうにこちらを見つめる、明るい生命力をたたえた目元。きりりとした美しい眉。整った鼻梁と赤身のある形のいい唇はどこか妖艶で、呆然と見つめていると、視線がぶつかってしまい、慌てて目をそらす。
誰にも明かしていないが、篤志はゲイだった。恋が成就したためしはなく、これから先も1人身を貫いていこうと思っていた。しかし彼の外見はあまりにも、篤志の好みど真ん中であったため、動揺を隠せなかった。
「はじめまして、大池栞と申すます!あっ、申します…よろしくお願いします」
どうやら動揺しているのは栞も同じらしく、噛み噛みのあいさつをかまし、赤面している。そんな様子にも新城は穏やかに笑ってみせ、「よろしくお願いしますね」とそっと右手を差し出した。
あわあわしている栞の袖をひっぱり、篤志は耳打ちした。
「おい!見合い前に事前情報くらいもらってるだろ!見合い写真とか見なかったのかよ!」
「見たら緊張するかと思ってわざと見なかったの!どうしよう、喋れないよ…お兄ちゃん喋って…」
「はあ??」
「体調がすぐれないようでしたら、横になって休んでいただいても構いませんし、誰か人を呼んできましょうか」
石像のように固まってしまった栞を心配し、立ち上がろうとする美丈夫に向かって、慌てて篤志は声をかける。
「申し訳ございません、妹は緊張しておりまして、彼女の緊張が和らぐまで、僕とお話ししながらお待ちいただけますでしょうか。申し訳ございません」
そう伝えると、新城は驚いた様子で瞬きしてから、穏やかにほほ笑んだ。
「もちろんです。緊張が和らいだらお声がけくださいね」
話してみると、新城と篤志は初対面と思えないほど話が合った。同じ年であることもあり、子供のころに好きだった戦隊ヒーローの話から、お互いの仕事の話、理想の老後など、さまざまな話で盛り上がることができた。すっかり新城と篤志が打ち解けたころ、やっと栞も話に加わることができたが、彼女は新城の関心が栞ではなく篤志に向いてしまったことを思い知らされた。
(こんなに楽しそうなお兄ちゃん、初めて見たかも)
兄は冷たいわけではなく、友人もいるが、必要以上に他人と干渉することはない。どこか境界線を引いたような付き合い方をする兄が、頬を上気させ、興奮気味に互いの趣味について語っている。1時間もたたないうちに2人はタメ口で会話し、お互いのことを下の名前で呼び合っていた。新城も、兄と話すことが楽しくて仕方がないという風に前のめりで会話に興じている。兄に向ける視線は優しく、穏やかであった。
(いや、優しいだけじゃない…)
どこか熱情を孕んだようなその真っ直ぐな視線が、自分に向けられることはきっと無いだろうという予感があった。それでも、その熱視線に絡めとられたように、栞は眉目秀麗な新城に引き付けられていった。
お見合いの後、栞は新城に連絡先を交換しましょうと持ち掛けた。新城は快く応じてくれたが、できれば兄とも交換したいと笑いかけた。
その瞬間、栞の心は憎悪の炎で燃え上がった。突然妹から睨みつけられた篤志は驚き、一瞬の逡巡のうち、その意図を瞬時に察知し、すぐに新城へ頭を下げた。
「申し訳ございません、このお見合いは妹と新城さんのためのものですので、部外者の僕は遠慮させてください。僕も残念ですが…。本当に楽しかったです、ありがとうございました」
一礼し、頭を上げた瞬間、篤志はぎょっとした。
新城は静かに涙を流していたのだ。
「えっ…」
想定外のことに、栞もオロオロとしている。新城は頬に手を当てて驚いた表情を浮かべた。
「あ…あ、あれ、俺泣いてる…26歳にもなって恥ずかしいですね。ごめんなさい。あれ、なんで泣いてるんだろう」
新城の涙が止まっても、3人の間には気まずい沈黙が満ちたままだった。最終的に栞が「また会いましょう」と言い、新城は泣き笑いの表情を浮かべた。篤志は妹の冷たい視線から逃げるように、うつむいたまま頷いた。
帰り道、栞は篤志に対して冷たく言い放った。
「これは、あたしと新城さんのお見合いだから。わかってるよね?あたし、新城さんに本気だから。今日出会ったばかりだけど、本当に好きなの。邪魔しないで」
「……でも、僕と彼が友達になったっていいじゃないか?もし結婚したら、深い付き合いになるんだし」
「だめ!!許さない」
栞の目に再び憎悪の炎が燃え上がったのを見て、篤志は慌てて頷いた。
「わかった、わかったよ。2人では会わない」
たった数時間で、2人の間に、目に見えない溝ができてしまったように感じた。お見合い前の仲睦まじい関係性にはもう戻れないだろうと、篤志は心の中で深いため息をついた。
新城が涙を流したのにはさすがに驚いたが、新城とのとめどない会話はとても楽しかったのは事実で、彼との別離を残念に思う気持ちは篤志も同じだった。たくさんの会話を通して、外面だけでなく、内面まで魅力的なことが分かってしまった。この時間がずっと続けばいいのにと願うほど、彼の話をもっと聞いていたいと思った。そして、彼に話したいことがたくさんあった。
(さみしいな…)
傷ついた表情を浮かべる兄の表情はどこか痛々しく、栞の罪悪感は募る一方であったが、燃え上がる新城への恋慕を止めることはできなかった。
結果的にお見合いは成功し、栞は新城と頻繁に会うようになっていった。しかし、新城の目当ては栞ではなく、あくまでも篤志であった。事実、栞と会っていても新城は篤志の話ばかり聞きたがり、さらに新城はまた3人で会いましょうと何度も誘った。栞は唇を強くかみしめながら、そうですねとうつむいたまま微笑んだ。
兄は、お見合いの日以来、新城は元気かと繰り返し聞いてくる。しつこいので、付き合うことになったと嘘をつくと、一瞬苦しげな顔を浮かべたのち、おめでとうと笑った。また心優しい兄を傷つけてしまったという罪悪感と、わずかな優越感とで、栞は自嘲的な笑みを返した。
新城との会話は楽しいが、彼の心に兄が居座っていることは確実であった。また、新城に恋慕の気持ちをそれとなく伝えても、のらりくらりと躱されることが続き、栞は苛立ちを募らせていった。
もしかしたら、篤志になれば、新城の内面を知ることができるかもしれない。
ほんの思い付きだったが、栞は篤志になり切って新城へ会いに行くことを決めた。
それは悲劇の始まりだった。
待ち合わせ場所にすでに到着していた新城は、篤志のふりをした栞の姿を見て、零れるような笑顔を向けた。
「篤志!」
嬉しそうに呼ぶ声は、栞と会う時の声と全く違う。お見合いの日から半年が経った今でも、彼は栞を他人行儀に「大池さん」と呼ぶのだ。
どんなに練習しても、篤志の声を体得することはできなかった。声真似をすれば、すぐに篤志ではないことがばれてしまうので、栞は無茶だとは思いながらも、強硬手段に出た。
<僕 声が出ない病気にかかっちゃって声が出せないんだ>
スケッチブックに震える手で文章を書き、新城に見せる。
「そうなんだ…いつから?心当たりは?」
<先月から 理由はわからない ごめん>
「篤志の声が聞けないのは残念だけど、久しぶりに会えて本当にうれしいよ。今日、大池さんはどうしたの?」
新城はやっと、栞がいないことに気づいた様子だった。もう何度目だろうか。彼の中ではいつも、篤志が最優先事項だ。いつになれば、私は一番になれるのだろうか。
<栞は、用事で来られないって言うから代わりに来た>
「わかった。そうしたら、今日は2人でどこか出かけようか。どこか行きたいところはある?」
栞は水族館に行きたいと伝え、1日を楽しんだ。1日の終わりに、篤志は言った。
「ずっと篤志に会いたかったんだよ。本当にうれしい。また会ってくれる?できれば、2人で」
「栞」ではなく「篤志」に向けるはずの熱情はまぶしかった。強く手を握られてそう請われれば、頷く以外の選択肢は残されていなかった。それから、栞は篤志に成り代わって新城に会い始めた。しかし、新城に会う日の前日、こっそりと篤志の部屋に入ろうとしたところをつかまり、問い詰められた。
「栞、もう僕の洋服を盗むのやめろよ。あと、僕の日記も勝手に読んだだろ。変なところに折り目がついてたよ。いったい何が目的なの?」
洋服は変装のため、日記は新城と話を合わせるために必須だった。ばれないように注意をしていたが、2か月ももたなかった。ぎりりと唇をかみしめると、栞は叫んだ。
「お兄ちゃんさえいなければ、うまくいったのに!!!」
「栞…」
「お兄ちゃんも、新城さんが好きなんでしょ?」
「…は?なんで…」
「見てたらすぐにわかるよ!けど、あたしのお見合いで会ったんだよ?なんで奪おうとするの?あたしの方が、お兄ちゃんよりずっとずっとずっと、新城さんを好きだよ!」
「栞、聞いて」
「うるさい!お兄ちゃんさえいなければ、私は新城さんの一番になれたはずなのに!いつもお兄ちゃんの話ばっかり!!もう嫌なの!もう消えてよ…」
栞はカッターナイフを取り出し、自分の頸動脈に当てた。
「栞!やめろ!何を考えてるんだ!!」
篤志は栞からカッターナイフを取り上げようとするが、目は血走っており、決して手を放そうとしない。もみあいになりながら、錯乱した様子で叫ぶ。
「もう栞はいらない!!あたしが篤志になる!」
「わかった、わかったから落ち着いて、ナイフを離して」
「はやく出て行って!!!もう二度とその顔を私の前に見せないで!!!」
物音を聞きつけた両親は篤志の部屋へ駆け付けたが、顔面蒼白になった篤志は、呼び止める声もむなしく、部屋から走り去ってしまった。栞は泣きじゃくるばかりで、何を聞かれても首を振り、何も語ろうとしなかった。それから篤志が自宅に戻ってくることは無かった。
それから3年の月日が経ち、篤志はアメリカにいた。
父母とは連絡を取り合っており、栞は篤志との別れの後しばらく情緒不安定であったが、今は元気を取り戻し、家業に邁進しているという旨が記されていた。手紙の最後には、栞も反省しており、家族で篤志の帰りを待っていると記されていたが、篤志に会えばまた栞の感情が爆発してしまうかもしれないと思うと、帰る気にはなれなかった。それに、国外での生活が想像以上に楽しいということもある。学生時代に英語を頑張っていたことが幸いし、会話にも困らない。いま篤志は企業のシステムエンジニアとして堅実に働いていた。
栞に投げつけられた言葉は今でも、目に見えない傷となって篤志の心を蝕む。もしかしたら、今でも栞と新城は付き合っているのかもしれないと思うと、ぎりぎりと胸は痛んだ。しかし、時間が流れるにつれ、少しずつ痛みが和らいでいくことも感じていた。
「あの日に、全部変わってしまったんだな…」
きっと、あのお見合いに篤志が同席していなければ、今頃もきっと実家で生活し、ゆくゆくは家業を継いで、栞とも仲良くやれていたのだろう。
それでも、新城と初めて出会った日に交わした会話のすべてを、篤志は今でも覚えていた。
「出会えてよかったんだ」
そして、新城への思いをよすがに、これからも生きていこうと思っていた。会いたいという気持ちは強く、アメリカに来て間もないころは、いつか偶然会えないだろうかと想像したこともあったが、錯乱した栞の幻影が圧し掛かってくるので、無駄な期待を抱くのはやめた。元々、恋愛をする気はなかったのだ、一生の思い出ができただけでも感謝しなければいけない。
ため息をついて、勤務先のオフィスに入り、デスクのパソコンでメールチェックをしていると、周りが急に騒がしくなった。
「今日から、うちに日本人の重役が派遣されるらしい」
「新しいシステムを導入するために来るらしい。忙しくなるぞ」
どうやら重役の派遣は珍しいことらしく、オフィスに緊迫感が漂っている。同期は「同じ日本人同士、仲良くしてくれよ」と背中をたたいてきた。
始業時間になり、オフィスへ1人の日本人男性が入ってくる。
その人は、これまで何度も夢に見た人物-新城響だった。初めて出会った日よりも少し痩せたようであるが、美しい顔立ちも、丁寧な物所作も、あの日のままであった。思わず、駆け寄りたい衝動に駆られた。彼はきょろきょろと視線を動かし、辺りを見回している。
<もう栞はいらない!!あたしが篤志になる!>
耳元で、栞の叫び声が響いた。
ここにいてはいけない。彼に会ってはいけない。
彼の視線から逃げるように、彼はオフィスの出口へ向かってじりじりと後ずさりした。
「おい、篤志どうしたんだ?便所か?」
声の大きい同期が心配そうに声をかけてくる。しまった、と思った時には遅かった。新城の大きな瞳が、篤志を捉える。
慌てて篤志は走り出した。会ってはいけない。彼に会ってはいけない。
もしまた出会ってしまったら、篤志の恋情が新城に露呈してしまうかもしれない。会わないままであれば、いっとき話の盛り上がったただの「友達」として、一つの思い出として、封印したままで生きていける。
「僕は…僕は傷つきたくない。このままでいたい」
オフィスを飛び出して、長い階段を走りながら駆け降りる。周囲からは驚く声や怒号が聞こえてくるが、構ってはいられない。すみませんと叫びながら、全力で走るけれど、僕の名前を呼ぶ声は少しずつ近づいてくる。
「篤志…篤志!待って、話を聞いてくれ」
やっと階段の終わりが見えてきた。僕は待ちきれず、飛び降りようとしたが、急ぐあまりに足がもつれた。
危ない、と思った次の瞬間、僕の体は冷たい床に強く打ち付けられていた。頭が割れるように痛い。周囲からは叫び声が聞こえるが、徐々にその声も遠くなっていった。消えゆく意識の中で、あの人が僕の名前を繰り返し叫ぶ。このまま死んでもいいかもしれない、と僕は思った。好きな人に手を握られながら死ぬなんて、最高の幕引きじゃないか。
篤志に初めて出会った日、新城のテンションは底辺だった。外面がいいせいで、これまでも女性には好意を持たれることが多かったが、今はとにかく仕事が楽しく、休日を返上してでも仕事に集中したかった。大きなプロジェクトを初めて任されたこともあり、頭の中は仕事のことでいっぱいだった。しかも、目当ての見合い相手は自分を見て固まっている。早く帰らせてくれと思った矢先、見合い相手そっくりの兄が話しかけてきた。内心面倒くさいと思ったが、会話を交わすうち、すっかり篤志の虜になっていた。彼は博識で、聞き上手で、またジョークのセンスも抜群だった。あっという間に打ち解けてしまい、その親密さに見合い相手も驚いていた。連絡先の交換を拒否されて涙を流したのは、本当に悲しかったこともあるが、慌てた彼の妹が連絡先を教えてくれるかもしれないと思っての賭けであったが、彼女は沈黙を貫き、拒否の意を示した。
彼女と会うようになってからもずっと、篤志のことが頭から離れなかった。ゲイになったのかと思ったが、篤志のことがピンポイントでオッケーなようで、篤志以外の男には何も感じなかった。やがて彼の妹は、篤志に成りすまして俺の前に現れるようになった。1度目は見抜けなかったものの、会話の内容やその眼差しから、本物の篤志でないことはすぐにわかった。しかし、彼女との関係を続けることで、どうにか篤志との繋がりを見つけたいという思惑もあり、新城はずるずると嘘の演技に騙されたふりをしていた。思えば、それは間違いだった。あなたのことは恋愛対象として見ることができないと、早いうちにはっきり彼女に告げるべきだったのだ。新城に弄ばれていると感じた彼女は、精神的に不安定になってしまい、篤志を追い詰めたそうだ。結果、篤志は失踪した。
篤志の両親経由で、事の顛末を知ったのは、彼の妹と連絡が取れなくなって3か月が過ぎたころだった。篤志の連絡先を知りたいと伝えたが、誰にも言わないようにと固く告げられているからと断られてしまった。
それからの新城は、必死だった。なんとか篤志の所在を確かめようと、できることは何でもやった。2年がかりで、やっと彼がアメリカで働いていることを知った。そこから俺は益々仕事に邁進し、彼が働く企業を買収し、自社のシステムを導入させることに成功した。偶然出会うだけでは、彼を囲い込むことができない。もし逃げられても、またすぐに見つけられるようにしておきたかったのだ。必死で追いかけた先、やっと見つけた彼は、俺から脱兎のごとく駆け出し、逃げまわった。挙句、階段から転げ落ち、意識不明の重体に陥った。
「篤志…篤志ごめんな。苦しめてごめん。好きだ。お前が好きだ…」
子供のように、新城は涙を流し続ける。
「あなたが好きなのは、栞でしょう…こんなところで何やってるんですか」
目を閉じたまま、小さくつぶやくと、新城は篤志を抱きしめたまま、叫んだ。
「違う!俺が好きなのは篤志だけだ!」
その言葉を信じていいのだろうか。揺れ動く篤志に、新城は続ける。
「こんなところまで追いかけて、お前に怪我までさせて、本当にごめん。もしお前が俺のことを好きじゃないなら、もう二度と会わない。だから、最後に聞かせてくれ。お前は俺のこと、好きか…?」
篤志は目を開けた。そこには涙にぬれた瞳で、真っ直ぐに篤志の言葉を待つ、彼がいた。
「好きだよ…響。僕はずっと、響に会いたかった」
新城は目を見開き、強く篤志を抱きしめた。
思いの通じ合った2人は、別離の歳月を埋めるかのように、いつまでも強く抱きしめあっていた。
ここから続く2人の日々に、胸を膨らませながら。
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