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ミイナの思い出。
走馬灯なのだろうか。思い出が閃光のように過る。
ミイナに出会ったのはまだ三十代の頃だった。会社に向かう途中、信号待ちをしていたら植え込みの中から猫の鳴き声が聞こえてきた。それは甲高く、鳴いているのは明らかに子猫だった。動物を飼った経験の無い俺は、気になりつつもその場を去った。命に責任を負う自信は無かった。知識も経験も無いのに引き取ることはむしろ寿命を縮めてしまう。そんな自分への言い訳をし、逃げた。
帰り道。再び交差点を通りがかると朝と同じ鳴き声が聞こえた。一日、何とか乗り越えたらしい。反射的に植え込みを覗き込むと、子猫が顔を出した。思わず人差し指を差し伸べる。身を竦ませてしばらく警戒していたが、ずっとそのまま待っているとやがてそっと鼻を押し付けてきた。子猫の顔はひどく荒れていた。おずおずと、手を出す。案外大人しく乗ってきた。そのまま動物病院へ走り、治療を施して貰った。猫風邪を引いていたが無事に治った。警察へ届けを出した上で、俺は子猫を引き取った。名前は、ミイナとつけた。獣医のアドバイスや飼育の本に助けられながら俺とミイナの生活は始まった。それは幸福に満ち溢れたものだった。膝の上で眠るミイナは暖かかった。食事をねだる姿は俺がちゃんと命を預かっているのだと認識させてくれた。おもちゃにじゃれるミイナはいつも元気いっぱいで子供と遊んでいる気分だった。布団に入り込んで俺と一緒に寝る彼女の背中をそっと撫でる。ミイナは、喉を鳴らした。
俺の、大切な、家族。たった一人の彼女。
ミイナに、もう一度、会いたい。
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