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『溺愛以外お断りです!』7
「いやぁ、待ち伏せしていたわけではないんだ!ただ一人で席を立つイメルダ様が見えたものですから…」
陽気に語り掛けるセイハム大公を前に、私はなんとか「そうですか」と答える。
もう少し歩けば、レナードたちが食事をする場所まで戻ることが出来る。こんな場所で私を待っていたということはきっと、彼自身なにか話があるのだろうけれど。
「………どのようなお話ですか?」
「ん?大したことではありませんよ。ガストラ家の方々とは今までにも話をする機会がありましたが、貴女については噂程度しか知らないものでね」
そこで言葉を切って、大公は腰を折って私の顔を覗き込んだ。思わずゾワッと肌が粟立つのを感じる。
大公の言う噂というものが、決して良い内容ではないことは容易に想像出来た。おおかたマルクスとの婚約破棄や、その後のレナードとの婚約にまつわる巷での憶測などを耳に挟んだのだろう。
私はドレスの裾を握り締める。
出来るだけ明るい声が出ることを願った。
「私も大公とお会い出来るのを楽しみにしていました。デリックからはあまりお話を聞いていませんから」
アゴダ・セイハムの硬そうな頬の皮がピクッと動く。
久方ぶりに耳にする息子の名前を受けての反応だと思うが、私の口からその名が語られるとは思わなかったようだ。私は頭の中でデリックが私たちに寄越した最後の手紙を思い返していた。
どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか、自分はシシーに乗せられただけなのに。何故父は自分を切り捨てるのか、と謝罪よりも恨み辛みがつらつらと書かれたその手紙を、読み終わるなりレナードは破き捨てた。
温厚なレナードが怒りに震えるのを見たのはたぶん、それが最初で最後だと思う。
「実はね……妙な噂を耳にしたんですよ」
「噂…ですか?」
「ええ。なんでも王太子の婚約者であるイメルダ様のご友人が今度出版する本は、実在する二人を元に書かれたものであるとか……」
「───!」
勢いよく見上げた先で大公はニヤリと笑った。
「なに、あくまでも噂です。ただね…私は忠告に参ったのです」
「………どういう意味ですか?」
「貴女の足を引っ張る人間を周りに置かない方が良い。付き合う人間は選ぶべきだと言っているんです」
「…………、」
「腐った枝を切り落とさないとその木自体も枯れてしまう。私はデリックを排除しました。それは我が愚息がそうするに値する失態を犯したからです」
俯いたままの私に言い聞かせるように大公は語り続ける。
耳に纏わりつくしゃがれた声が壁に反響して響いた。
そろそろ帰らないと、レナードたちも心配する。
聞かなかったことにして、こんな言葉は無視すれば良い。私のことをよく思わないセイハム大公の戯言に過ぎないし、いちいち気にする必要はない。
気にする必要は、ないのに。
「………大公、取り消してください」
「ん?何をですか?」
「私の周りに、不要な人間など居ません。貴方の息子と、私の大切な友人を一緒にしないでほしいのです…!」
アゴダ・セイハムは少し驚いた顔を見せた。
しかしすぐに口元を歪めて笑みを溢す。
「っはっは!何を言うのかと思えば!」
「何がおかしいのですか?」
「いえいえ。ただ、噂通りの人柄で安心しました。イメルダ様は本当に正義感に溢れてお優しい。お友達の本、無事に出版されると良いですねぇ」
そう言うと、大公は踵を返して食堂の方へ戻って行った。
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