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20.6000万ペルカ
グレイスには何も伝えなかった。
上手く話は出来たか、と聞かれたので「納得のいく話し合いが出来た」と答えるとそれ以上は聞いてこなかった。私はなるべく明るい声で、彼女が図書館で読み込んだという高貴な男たちの恋愛話に相槌を打った。
秘められた恋はきっと、ずっと秘めたままが良い。
明るみに出すとそれは美徳では終わらないのだから。
「そういえば、来週空いてる?」
「来週?どうして?」
「バザーの手伝いがあるのよ。妹の学校のイベントなんだけど、貴女も要らないものあれば売らない?」
「要らないものはたくさんあったけど、全部もう処分しちゃったわ。マルクスに貰ったものとか」
「それは早めに捨てて大正解。運気下がりそう」
ケラケラと笑うグレイスを見ていると心が落ち着く。
「でも、手伝いなら私も行くわ。予定もないし」
「おお!それでこそお一人様よ!」
「バザーで新しい出会いがあるかもしれないものね」
「なに~?前向きで良いじゃない!」
グレイスは私の背中を叩いて、車を降りた。
デ・ランタ伯爵家の家に灯った柔らかな明かりを目で追いながら、私は今日あったことをおさらいする。まったく前なんて向いていなくても時間は進むから驚きだ。
(………レナード、)
私が、彼の気持ちを聞いて自分の好意を曝け出していたらどうなっていたのだろう。
実際、どうにもなりっこない。私たちは二人でメソメソと叶うことのない恋を嘆き、レナードは私への罪悪感を抱えたままで結婚式へ臨む。
それならばいっそ、私の想いなんて言わない方がいい。
伝える必要がなかったのだ。彼を縛り付けて苦しめる恋心なんて、わざわざ口に出して言葉にするもんじゃない。
目を閉じれば、思い出の夜を繰り返すことが出来る。
私は記憶の中でこの恋を続ける。
◇◇◇
「………なんと言った?」
「6000万ペルカは受け取れないとお伝えしました」
「どういう意味だ…?マルクスがそう言ったのか?」
「はい。彼は…私の不貞を疑っているので」
「っは!馬鹿げたことを。そんな有りもしないことを騒ぎ立てる暇があったら謝罪の一つでも寄越せば良いのにな!」
同意を示さない娘を不審に思ったのか、ヒンスは眉を顰めた。
「どうした?まだ何か?」
「……有りもしないことではありません」
「なに…?」
「お父様、私は初めからマルクスなど愛していませんでした。私は…結婚前に他の男性と関係を持ちました。そして、それをマルクスが知ったのです」
「………なにを…!イメルダ、冗談を言うな!」
憤る父が立ち上がったのを見て、私は目をギュッと閉じる。
叩かれると思った。もしくは机を殴るとか。
しかし、いつまで経ってもそんな音はせず、ゆっくりと目を開けてみるとヒンスは俯いたままで震えていた。私は痩せ細った父の背中がより小さく見えて心が痛んだ。
「ごめんなさい……」
「イメルダ…お前はこの結婚が嫌だったのか?」
「え?」
「私とベンジャミンが互いの営利目的で結んだ婚約を、お前はどんな気持ちで受け入れたんだ……?」
「………、」
「すまなかった。娘の気持ちも知らずに勝手にお前の道を決めたのは私だ。しかし、相手の男を許すことは出来ないな。いったいその礼儀知らずはどこのどいつだ?」
ギロッと父の目が光ったのを見て、私は慌ててその一夜は私の希望であって、彼の意思は関係ないと伝えた。結婚へのストレスで酒場で出会った行きずりの男と関係を持ったのだと、勢いをつけて話したことで、ヒンスはやっと納得してくれた。
同時に、今後一切飲み歩くなとキツくお叱りを受けたので、私は平謝りを見せて自分の部屋へ逃げ込む。ベッドの上に横たわって、ポケットから取り出したカミュを両手で握り締めると、心は少しだけ落ち着いた。
母だったら、レナードに自分の想いを伝えただろうか。
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