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22.バザー
グレイスの妹は彼女によく似ている。
ピンク色の髪を三つ編みにして背中に垂らした双子のような姉妹を前に、私は思わず笑ってしまった。だってあまりにそっくりなのだ。
「ちょっと!なにを笑ってるの?」
「ごめんなさい。本当に姉妹なのね」
「当たり前でしょう。ほら、バニラ!運んで!」
「いやよ。この箱の中身ってお姉様が自費出版した本の売れ残りでしょう?バザーで売ったら笑われちゃう」
「なんですって!?私の努力の結晶よ…!?」
姉妹喧嘩が始まりそうなので、慌てて止めに入りつつ私は辺りを見回した。
見知った人の姿はない。
さすがに私立学園のバザーにレナードが現れるとは思えないし、ミレーネと彼が並んで登場することもないだろう。今日は久しぶりに伸び伸びと行動出来そうだ。
グレイスが執筆した薄い本を手に持って歪み合う二人を落ち着かせて、なんとか私たちは搬入を終えた。バニラは演劇部に入っているらしく、準備があると言ってすぐにその場を去った。
「つまり、売り子は私と貴女ってわけね」
「こりゃあ商人の娘として売り上げから抜かなきゃ。タダ働きなんて絶対にしないんだから」
「まぁまぁ。私たちも良い息抜きになるわ」
まだ憤るグレイスを宥めて私は机の上を見る。
デ・ランタ家が掻き集めた不要品に加えて、我が家が持って来たアクセサリーが少し混じっている。父から預かったネクタイやハンカチなんかも持参していた。
「少し陽が出て来たわね。コートを置いて来ても良い?」
「ええ。隣の空き教室を使ったら良いわ」
「ありがとう」
礼を伝えて、廊下へ出ると来た時よりも随分と人が増えている。食べ物や飲み物を片手に店を覗いて回る生徒たちは楽しそうだ。
並んだロッカーの上に朱色のコートを置いて、私は足早にグレイスの元へ戻った。どういうわけか机には人だかりが出来ている。
「どうしたの……?」
「ああ、イメルダ。実は昔私の本を読んだことがある子が来てくれてね。新作の話をしていたところよ」
「へぇ…すごいわね。貴女のファンってことでしょう?」
「そんなこと言われると照れるわね~」
まんざらでもない笑顔でサインを書くグレイスを横目に見ながら私は友人の成長に感心していた。
物書きになりたいというのは、グレイスが幼い頃から持っていた夢。彼女は粛々とその夢を叶えるために執筆を続けて、今やノートが回ってくるまでに順番待ちの人気作を生み出している。きっと、大きな出版社から声が掛かるのも時間の問題なのではないか。
(私も、前を向いて頑張らなくちゃ…!)
机の下でそっと拳を握り締めた。
レナードとの思い出は心の中にそっと置いておいて、いつでも思い返すことは出来る。だけれど、同時に少しずつ自分を変えていかなければいけない。
小さくなった父の背中を、思い出す。
これ以上悲しませたくない。母を亡くして仕事だけに心血を注いで来た彼に、何か嬉しい報告が出来れば。私が新しい縁談でも持って帰ればきっと、大喜びするはず。
そうして私たちは順調に机の上の商品を売り捌き、昼過ぎにはもうほとんど空の状態になっていた。
「イメルダ、カミュとお散歩して来て良いわよ」
「貴女は?」
「私は少しだけお昼寝。店番はバニラが代わるって」
目をやると付け髭を付けたバニラが売り子のエプロンを付けている。私はありがたくその勧めに乗って、コートを取りに隣の教室へと入った。
(………あれ?)
しかし、どこを探しても小さな身体は見当たらない。
カミュは私のポケットから居なくなっていた。
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