28.溺愛と砂糖漬け

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28.溺愛と砂糖漬け

 暫くの間、誰とも会わない日が続いた。  デリックと恋人同士になったことを父に伝えると、泣き出しそうな勢いで喜んだ。いずれ本気になってくれても良い、と彼は言っていた。そうなれれば良いと私も思う。 「しかし、あれだな!王太子殿下と系統は違うが、デリックくんもかなり美男子だ!」 「……そうですね」 「やはり高貴な血を感じる。思わないか?」 「デリック様も公爵家でいらっしゃいますので…」 「ルシフォーン家もとうとう王族の血縁となるのか。我が商会にとっても強い後ろ盾となるし、これでドット商会に付けられた差を巻き返せそうだな!」  どんどん機嫌が良くなる父親を前に、デリックとの関係を明かすのは早まっただろうかと考える。  しかし、いずれ人伝で知られるぐらいならば自分から言っておいた方が良いと思うし、婚約や結婚ではなくあくまでも恋人関係なのだから、何かあれば「別れてしまった」と言えば良いだろう。その程度の軽い気持ちだった。 「あ、そういえば」 「……?」 「今日は帰りが遅くなるんだ。悪いが先に食事を済ませてくれ。年内に片付けたい問題がいくつかあってな」 「承知いたしました。メイドたちにも伝えておきます」 「私が居ないからと言って、夜遊びに出るなよ」 「もちろんですとも」  私が結婚前に行きずりの男と関係を持ったと知って以来、父はやけに過保護になってしまい、娘の動向をかなり気にしているようだった。  本当は相手はレナードで彼もまた私を好きだったらしい、なんて伝えたらきっとさぞかし驚くだろう。しかし、驚いたところでどうにもならない。レナードと私に対する信用が落ちるだけだ。  引きこもり生活もいよいよ飽きて来たので、久しぶりに人と話すためにグレイスに電話してみることにした。お菓子でも持ち寄って、彼女の創作活動の進捗について語り合うのも良い。  ◇◇◇ 「んは~~!イメルダのお父様は相変わらずのイケオジね」  部屋に入って来るやいなや、目を輝かせてそう言うから私はズッコケそうになるのを耐える。  このちょっと不思議なデ・ランタ家の娘が自分の父に憧れていることは知っていたけれど、以前にも増して年老いた父親のことを「イケオジ」と称することには驚いた。 「どう見ても老人に近付いてるでしょう?」 「それが良い!無駄にギラギラしてないし、ちょっと枯れてるところが良いのよ!」 「うーん……」 「若い男はやっぱりなんか下心的なものが滲み出てる気がしない?私はそういう下品な感情を超えた先にある恋がしたいの…!」 「それは良いけれど、お父様はやめてね…?」  笑い飛ばされるかと思ったら「たぶんね」という実に恐ろしい答えが返って来たので、私は聞かなかったことにしてメイドに紅茶を持ってくるように頼んだ。  グレイスのとんでも話にも慣れているメイド達はおかしそうに笑いながら部屋を出て行った。 「………で、本題だけど」 「本題?」 「デリック・セイハムとはどこまで進んだの?」 「ちょっと…!まだ何も進んでないし、そもそも始まってないから……!」 「なにを言ってるのよ!恋人契約なんて恋愛小説だったら溺愛不可避ルート突入ものよ!?キスはしたの?」 「してないってば!」  立ち上がって否定する私を前に、グレイスは腕を組んだままで大きく溜め息を吐く。 「良いじゃないの~南部から来た情熱的な男!顔も良いし、女性の扱いも分かってそうだし、私は推せるわ」 「そういう問題じゃなくて……」 「もう、じゃあ何が問題なの?レナードとのことは解決したんでしょう?納得したって言ってたじゃない」 「ええ。でも、ゆっくり進めたいっていうか…」 「バカねぇ、イメルダ。ちんたら進めていたらまたシシーみたいなポッと出の泥棒女に掻っ攫われるわよ」  掻っ攫われたというよりも元々おそらくマルクスとシシーは互いをそういう風に思っていたのだと言いそうになったけれど、憶測なので黙っておいた。  グレイスの興奮を治めるために私は最近図書館でミレーネに会った話をして、彼女が思っていたよりも遥かに感じの良い人だったことを伝える。グレイスはオレンジの砂糖漬けを齧りながら「人って見た目に依らないのね」と感想を溢した。
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