32.売却済

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32.売却済

 街へ出掛けようというのは侍女ベティの提案だった。 「お嬢様はこの頃塞ぎがちです。週末の婚約パーティーではたくさんの方と会うでしょうから、人混みに慣れるためにも少し散歩しませんか?」 「……まだ街を歩き回る気にはなれないわ」 「では以前のように隣町に行ってみるとか?」 「それなら良いけど……」  かくして、私はベティを伴ってまた隣町の繁華街へ降り立つことになった。ラゴマリアの王都の隣にあるサンマノは、王都ほど華やかではないものの、職人が作った宝石や靴なんかが有名で、以前購入したドレスも出会った人から口々に褒めてもらえた。  移動は、ちょうど父を送り出す車が出る予定だと言うので、そのついでに乗せてもらうことになった。 「ハメを外すなよ、イメルダ。日が暮れる前に帰れ」 「少し気分転換に行くだけです、お父様」 「今度どこの馬の骨か分からない男と関係を持ってみろ。俺はその男の鼻っ柱を折ってやるからな!」 「……私だって学習したし、同じことは繰り返しません」 「お前にはもうデリックくんが居るんだから」 「………そうですね、」  それ以上お叱りを受けたくなくて目を閉じていたら、父はもう何も言って来なかった。  ここのところよく出掛けているけれど、何か良い話でも進んでいるのだろうか。大きく差を付けられたというドット商会に追い付くために父が躍起になっていることは理解していた。  兄弟のいない私はルシフォーン公爵家の跡取りとして、いずれは商会の舵を取る立場に就く。そのため、簡単な事務仕事程度なら手伝いはしているものの、ほとんどの仕事はやはりまだ父やその右腕のリドル伯爵が握っているため、私まで詳細は流れて来ない。 「最近、忙しそうですね」  目的の場所に到着して車を降りるヒンスに向かって声を掛けると、その動きが止まった。 「……そうだな。年末はどこもこんなものだ」 「ええ。ただ、今年は例年よりも…」 「イメルダ。どうか、危ないことには首を突っ込むなよ」 「………?…はい…」  私が頷くのを見届けて、父は車のドアを閉めた。  私は窓越しに小さくなって行く姿を眺める。  久しぶりに訪れたサンマノは、何やら市場がたくさん出ていて賑やかだった。ベティを伴って飴細工や、吹きガラスのグラスやオブジェが並ぶテントを覗いてみる。  そうしているうちに、以前ドレスを買いに来た際に通り掛かった宝石店の近くまで来た。せっかくなのでと店へと寄って行ったけれど、あの時に見かけたエメラルドはショーウィンドウに飾られていない。 「あれ…?もう売れてしまったのかしら?」  ちょうどタイミングよく出て来た店主に聞いてみると、品のある貴婦人は残念そうに眉を寄せたあとで「つい最近買い手が決まった」と教えてくれた。 「いいえ、素敵なネックレスでしたし…仕方ないです」 「そうなのです。あれは国内では滅多に取れない良質なエメラルドでした。透明度が高く、サイズも大きい」 「購入された方はきっと見る目がありますね」  でしょうね、と納得した顔で頷く店主に頭を下げて、私はベティと共にまた通りの散策に戻った。
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