34.公爵家の品位

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34.公爵家の品位

「これはこれは…ファーロング公爵家のご令嬢ですか。招待状はお送りしていないと思いますが、どうやって此処まで?」  マルクスを見つめるミレーネの目は落ち着いていた。 「或るお方に頼まれてこの場所まで参りました。ちょうど私とレナード様の婚約に関する話が聞こえたので、口を挟ませていただいた次第です」 「口を挟む?残念ながら殿下とイメルダの浮ついた関係は事実ですよ。認めたくない気持ちも理解できますが…」  私も心が傷んだものです、とわざとらしく心臓を押さえて見せるマルクスを私は呆然と見ていた。  名だたる貴族たちの前で自分の秘密を暴露されただけに留まらず、レナードの婚約者だったミレーネまでこの場所に集まっている。せっかく築きかけていた友情が音を立てて崩れる気配を感じた。  私が、黙っていたから。  あの夜を隠し通そうとしたから。 「何か、勘違いされていませんか?」  恐る恐る顔を上げて見たミレーネは首を傾げている。 「勘違い……?」 「貴方の言う一夜に、私もご一緒していたのですが」 「………は?」  目を丸くしたのはマルクスだけではなかった。  シシーもまた、隣で驚いた顔を見せている。  そして、それは私だって同じ。 「あの日、私とレナード様はルシフォーン公爵邸でお茶をする予定でした。しかし、貴方もご存知の通り、レナード様とイメルダ様はドット邸での夕食の予定もあった」  口を開けっ放しのマルクスを前に、ミレーネは淡々と話し続ける。 「私は先にイメルダ様のお屋敷に着いていたので、ずっと二人が戻るのを待っていました。そして、二人は夜遅くに戻って来たのです」  余程貴方とのお話が盛り上がったのね、とミレーネはこれまた感情の起伏がない声で語る。  私はこの話の終着点が分からなかった。だけども、どういうわけかミレーネ・ファーロングという、レナードの婚約者だったこの公爵令嬢は私を助けようとしてくれていることは理解出来た。 「しかし、朝方にレナードは……!」 「ええ。ドット邸で飲み明かした彼らはひどく眠そうでしたので、お話は長くは続きませんでした。私は眠ってしまった二人を横目に本を読みながら過ごし、日が昇る前に起きた殿下は一人先に帰宅されたのです」 「無茶苦茶なことを言うな!こんな言い訳がまかり通って堪るか!!」  マルクスが力任せに叩いた拍子に、机の上に置いてあったグラスが床に落下して割れた。  辺りはしんと静まり返る。  誰もが言葉を失っている中で、ミレーネが口を開いた。 「マルクス様の仰る証拠とは何ですか?」 「なに……?」 「それだけ声高に主張なさるなら、お二方が不貞を働いている現場写真であったり、録音データでも持ち合わせているのですよね?」 「………それは…っ!」 「まさか、そのような準備も無いままに、貴方はこのような公の場で公爵家の令嬢とレナード王太子殿下に疑いを掛けているのですか?」  ミレーネの射抜くような視線を受けて、マルクスはわなわなと震えている。  部屋の雰囲気が少しずつ変化し始めていた。始めは、このパーティーの主催者であるマルクスの語る内容に興味を持って聞き耳を立てていた者たちも、ミレーネの言葉を受けて、これは王族を侮辱する行為だと気付いたようだ。 「今を輝くドット商会を継ぐ立場にあられるマルクス様の婚約披露宴ということで、期待をして来たのですが……」  美しい唇からはフッと息が漏れた。 「公爵家の品位を落とすような低俗な噂話が横行していて、正直なところ驚きました。私やイメルダ様がこの場を許したとしても、殿下はどうでしょうね?」 「なんだと?」 「ラゴマリアの太陽は、王族に対するこのようなゴシップを耳にしても尚、貴方に微笑むのかしら?」 「………っ!」 「イメルダ様に伺いましたけど、貴方は賠償金を踏み倒そうとしているんですって?式の最中に参列者の前で婚約破棄したらしいけれど、それにも関わらず未払いで終えようなんて虫が良い話で驚きますわ」  マルクスの隣でシシーがドレスの裾を握り締めて青い顔をしている。マルクス自身もまた、自分を言い負かしてその場の雰囲気を変えたミレーネに対して、憎しみのこもった目を向けていた。  やがて、何事もなかったかのように散り散りに会話の輪に戻って行く貴族たちを横目に、私は息を吐くミレーネの元へと駆け寄った。
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