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39.淑女会
「え?それでOKしたの?」
驚いたグレイスを前にこくんと頷く。
「えっと……ちょっと整理させて。貴女はレナードが好きだったのよね?だけど、婚約者が居る彼に遠慮して本心を言えなかったと。それでデリックと恋人ごっこをすることになった矢先にレナードが婚約を破棄して、」
「破棄したのではないわ。双方の意思よ」
ピシャッとミレーネが割って入る。
デ・ランタ伯爵家で開かれるグレイスと私の定期的な集まりにミレーネを誘ったのは三日前のこと。「良ければどうかしら」というお伺いに彼女は即答で返事をくれた。
「淑女会」と銘打って行われるこの会合に新たなメンバーが加わったことで、心なしソワソワしているデ・ランタ伯爵家のメイドたちを横目に、私たちはそれぞれの近況を話し合っていた。
「あ、そうね。えー…ミレーネとレナードはお互いの希望で関係を元に戻して……それで、なんで貴女はデリックとまだごっこ遊びを続けているの?」
「ごっこ遊びというか…一週間は今まで通りに遊んでほしいって言われたの。もう南部に帰るから思い出にって」
「あぁ、イメルダ。貴女が押しに弱いのはなんとなく分かっていたけど、レナードとの話を控えているんでしょう?というか、そもそもなんで今じゃなくて未来の予約をレナードは入れてくるわけ?」
「それは私には分からないわ」
やいやいと騒ぐ私とグレイスの隣で、ミレーネは静かに紅茶を飲んでいる。
美しい手が砂糖入れに伸びて、真っ白な角砂糖を三つ取り出した。ポトンと落とした四角い塊が徐々に溶けていくのを見守りながら、美貌の令嬢は口を開く。
「レナードは彼の責務を優先しただけよ」
「……責務?」
「彼は一人の男である前に、ラゴマリアを背負う王となる人間。個人的な感情の対応よりも先ずは国内に蔓延る問題を処理するつもりなんでしょうね」
「問題って何よ?」
「貴女がこっそり書いている十八禁小説だったりして」
「んなっ!なんでそれを…!?」
恐れ慄くグレイスを見て笑ったミレーネは、私を少しの間見つめると「不器用な人よね」と溢した。
その反応から私は、ミレーネは私なんかが知り得ない何かを知っているのだと判断した。レナードはきっとミレーネには彼の考えを共有したのだろう。
「心配しないで、イメルダ」
私の心の不安を察したようにミレーネが声を掛ける。
「レナードは昔も今も変わっていない。きっと、貴女が想像する通りの人で居るはずよ」
「………ミレーネ、」
「みんなすごく遠回りしてる。憶測で語って、見えないものを疑ってばかり。もっとシンプルに生きることが出来たら良いのに。その点、デリック大公子は好感が持てるわ」
「デリックは…優しいのよ。私が欲しい言葉をくれる」
大きく頷くグレイスの隣で、ミレーネは瞳を細めた。
「でしょうね。だけど、どうかしら?貴女に与えられる言葉がすべて貴方を想っての言葉とは限らない」
「え?」
「本当の心を見極めてね、イメルダ。べつに誰かの肩を持つわけじゃないけれど、貴女の幸せを祈ってるから」
「うん……ありがとう」
差し出された柔らかな手を握る。
こうして友人で在り続けてくれるミレーネの懐の深さにはいくら感謝しても足りない。
私はその胸に輝くネックレスを見てハッとした。
それは、私が隣町で目にしたあのエメラルドだった。
「ミレーネ、そのネックレス……」
「美しいでしょう?6000万ペルカの最善の使い道よ」
「……貴女だったのね。納得だわ」
安堵の気持ちでミレーネと笑い合う。
「そういえば、」
グレイスが言い出しにくそうな顔で口を開いた。
「聞いた話なんだけど…ドット公爵家の猫が夜の散歩をしてるみたいよ」
「え?」
「飲み屋で見掛けたっていう知り合いが複数いるの。本当かどうか分からないけど、貴女を人前で貶めておいて自分の方がよっぽど素行がなってないわよね」
「まぁ……いずれにせよ、もう関係ない話だから」
それは本当だった。
関係ないし、関わりたくもない。
新しくポットからお茶を注いでくれるメイドの肩越しに、私はテレビで流れるニュースが目に入った。
ここのところ、ラゴマリアでは若者の不審死が増えているらしい。原因はまだ判明していないようだけど、なんとなく暗い気分になる知らせばかりで、私は塞ぎそうになる気持ちをシュークリームに齧り付くことで無理矢理に上げた。
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