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『溺愛以外お断りです!』8
デ・ランタ伯爵家に脅迫状が届いたと連絡があったのは二日後のことだった。
「イメルダ!久しぶりねぇ、なんだか痩せた?」
「いいえ、大丈夫よ。それより脅迫状って……」
グレイスは顔を曇らせたまま机まで移動して、取り出した封筒を私に差し出す。宛名には『親愛なるグレイス・デ・ランタ先生へ』と書かれていた。
「最初はただのファンレターだと思ったの。使用人が朝刊と共に届いたって渡して来たから」
「開けても良いの?」
「ええ。ちょっとショックを受けるかもしれないけど」
すでに封が切られたクリーム色の封筒を開く。
中からは真っ白な便箋が一枚出て来た。
タイプライターで等間隔に打たれた文字から筆跡を読み取ることは難しそうだ。宛名もまた、何かを切り貼りしたように組み合わされている。
私は目を細めて便箋の上の文字を追った。
「………これって、」
「そうよ。これは本の発売の差し止めを求めるものよ」
「馬鹿げているわ!警察には相談したの?」
「いいえ、先ずは貴女の耳に入れておきたくて」
私はもう一度手紙の内容を読み返す。
シンプルな文面に書かれていたのは、迫りつつあるグレイスの処女作の発売を取り止めろということだった。理由などは一切書かれておらず、ただ「発行を中止しなければ何が起こるか分からない」という不気味な一文で締め括られている。
姿が見えない相手からの脅迫に背筋がゾッとした。
思い当たる節がないわけではない。私の勘が正しいかは分からないけれど、グレイスから知らせを受けた時からずっと、私の頭にはセイハム大公の顔が浮かんでいた。だけど、捕まえるにも決定的な証拠がないのだ。
「……警察に届け出を出しましょう。これは立派な脅迫よ」
「もちろん、そのつもり。だけど本は……」
私は言葉に詰まってグレイスの顔を見つめる。
幼い頃から見て来た温厚な顔が、悲痛に歪んでいた。
「大丈夫…貴女の邪魔はさせないわ。誰にも、絶対に」
「でも、どうすれば良いの?怪我人なんて出したくないの、私はただ発売を待つ読者に本を届けたいだけよ…!」
「ねぇ……前にたしか本は回し読みをしているって言っていたわよね?その令嬢たちのリストのようなものはあるの?」
「リスト?ええっと、住所録のようなものなら…」
ここにあったはず、と本棚をガサゴソと探るグレイスの背中を見つめる。
この友人が、どんな思いで文字を綴ってきたか知っている。誰かに馬鹿にされても、無駄な努力だと笑われても、グレイスは周囲のヤジに耳を貸さずにただ自分の作品と向き合ってきた。
やっとその努力が実を結ぶのだ。
誰にも、邪魔なんてさせたくない。
「グレイス……ごめんなさい」
「なんのこと?」
不思議そうに揺れる瞳を覗き込んだ。
「貴女の小説のこと、本当は少し心配だった。それを読むことで皆が私の過去をどう思うだろうって、勝手に怯えて…」
「………イメルダ、」
「だけど、貴女の作品は貴女だけのものよね。私への評価なんて関係ない。結び付けて考えたこと、反省してるわ」
私は顔を上げて強くグレイスの手を握る。
グレイスもまた小さな身体で抱き抱えてくれた。
「この件はレナードにも共有する。黙って引き下がったりするのは御免だわ、犯人を炙り出しましょう」
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