01.婚約破棄、よろこんで

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01.婚約破棄、よろこんで

「イメルダ・ルシフォーン、君を愛することはない!」  美しい装飾を施された会場内が一気にどよめき立つ。  私の方をビシッと指差しながら声高らかに宣言したのはマルクス・ドット小公爵。ドット公爵家の長男である彼の隣には今日も影分身のように義妹のシシーが寄り添っていた。  自分に向けられる好奇の目を感じつつ、周囲を見渡す。「可哀想に」「どうしてこんな場で…」という哀れみの視線が一斉に向けられていた。  ちょうど良い。  彼らには良い証人になってもらおう。 「……マルクス様、理由をお聞きしても?」  私は出来るだけショックを受けた顔で、健気な令嬢を装って尋ねる。顔を上げた拍子に髪に飾っていた白い百合の花がぽとりと床に落ちた。 「理由は明白だろう。俺はここに居るシシーを愛しているんだ。シシーは妹だが、ドット家が迎え入れた養子。結婚することは法律上可能であるはず」  ザワッと周囲が話し始める。  シシーが養子であることをマルクスの父は他の人たちに伝えていなかったのだろうか。あんなに似ていない兄妹は居ない。吊り目のマルクスとタヌキ顔のシシーは正反対にも程があるでしょうに。  頭の中で独り言を組み立てていたら、まだ言い足りないのか苛立った様子でマルクスは口を開いた。 「それに……君は正直言うと、女としての魅力が圧倒的に不足している。君が陰でなんて呼ばれているか知っているか?」 「………いいえ」 「“堅物令嬢”だ。友達と言えばあの変わり者のグレイスと、君がいつも連れ歩いているぬいぐるみのネズミだけ」 「ネズミじゃありません、うさぎです」 「どっちも同じようなものだよ。いつまでそんな薄汚いものを大切にする?幼児退行か?」  呆れた顔で首を振るマルクスの隣で、シシーがクスクスと笑うのが見えた。  つられたように取り巻きの人間たちからも笑い声が上がる。笑っても良いと思ったのだろうか。花嫁の友人と、花嫁が宝物にしている母親の遺品を馬鹿にする発言が面白いと? 「………お言葉ですが、マルクス様はご自分の立場が分かっていらっしゃいますか?」  マルクスの眉毛がピクッと動いた。 「国の定めでは、婚約破棄は結婚持参金の三倍の金額を花嫁の家へ納める必要があります。したがって、ドット家には我が家へ6000万ペルカを支払う義務が生じます」 「脅しのつもりか?その程度で人生が薔薇色になるなら、安いもんだろうよ」  鼻で笑ってマルクスはシシーの肩を抱く。  しなりと彼にもたれかかるシシーと目が合った。  薄いピンク色の口紅が塗られた小さな口がわずかに動く。私の被害妄想でなければ、彼女は「お気の毒に」と言って静かに微笑んだ。  遠くの方で叫び声がして、目を向けると父であるヒンスがマルクスの父ベンジャミンに掴み掛かっていた。私は胸の奥からグッと込み上げる思いを堪えて大声を張り上げる。 「お父様!その必要はありません!」 「しかし…!イメルダ!!」  目を閉じて息を吸い込んだ。  泣いてはいけない。泣くようなことではない。  三年の婚約の末に結ばれることになった相手に、結婚式当日に婚約破棄を言い渡されたところで、どうってことはない。  だって、私の心は最初から彼に向いていないのだから。 「承知いたしました、マルクス様。今までどうもありがとうございました。シシー様とお幸せに」 「気の利いたことも言えるじゃないか、イメルダ!」  どういうつもりか、嬉しそうに握手を求めるマルクスの手を払って、私は重たいガラスの靴を脱ぐ。ぽかんとするマルクスとシシーに向かって恭しく頭を下げた。 「あ、これは補足ですが、私もマルクス様のことを愛したことはありませんので。これまでも、これからもずっと私は貴方が大嫌いです」 「………っな!?」  驚くマルクスを置き去りにして私は走り出す。  ウェディングドレスはショート丈にしてもらって正解だったと頭の隅で考えた。ロングだったら無様に転んでしまってもおかしくない。  身体は羽が生えたみたいに軽かった。  婚約破棄、喜んで。望むところだ。
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