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17
千渡くんに手を握られ、うまく握り返せないまま俺は立っていた。
泣き濡れた顔をティッシュで拭きたいが、そのために彼の手を払うことさえ、いけない事のように感じる。じっとしていた。彼が姿勢に疲れて離してくれるのを待った。
しばらく後、俺はティッシュで顔を拭ってから自販機に向かい、千渡くん用のコーラと、自分用の微糖コーヒーを買って戻ってくる。
「コーラあったよ」
部屋に入りそう声をかけても、反応はない。椅子の背に持たれたまま、千渡くんは寝てしまっていた。
俺は、コーラのボトルを静かに丸テーブルへ置いた。少し音がしたけど、千渡くんは起きない。
入口側のベッドに腰掛け、缶コーヒーのタブをあけ、口をつける。
俺達の撮った動画は3日分。
犯人が捕まっていないこともあり、すべて警察に提出することになった。
番組からは、とんでもない額の見舞金が出るらしい。さすがに100万円とはいかなかったが、口止め料というか……訴えられないための金額だろうと千渡くんは言っていた。
すごく後味が悪い。
刺されたのが俺なら、ただの自業自得で気持ちの整理もついたのに。
俺ができることってなんだろう。
あの幽霊の事だって、いまだに夢か現実か曖昧でおぼろげだ。
ホテル社長のその後や、幽霊の彼自身についても、落ち着いたら調べてみたい。
それと……もうひとつ頭に浮かぶのは、この件の発端となっている小学生時代の友人のこと。
彼に会って直接確かめたらいいなんて、たぶん、きっと俺だってわかっていた。ただ現実を直視したくなくて目をそらし続けているうちに、こんなに時間が経ってしまった。
それを千渡くんに指摘され、図星だったから逃げ出すなんて本当にどうしようもない俺。
千渡くんって、俺にとってあまりにも都合がいい存在だ。
親の離婚で傷付いてたところに優しく介抱したからって、急にその相手のことを恋愛感情で好きになんてなるんだろうか? しかも同性だ。
俺は缶コーヒーを飲みながら、椅子で寝ている千渡くんを眺めていた。
できれば、これからも一緒にいたい。
恋人でもそうじゃなくても交流を続けていきたいと思ってる。
***
約1ヶ月後の木曜、午前11時。
俺たちは新幹線停車駅の、改札前で待ち合わせていた。千渡くんから駅についた、とのメッセージがある。
これから小学生時代の友人に会うための小旅行だ。俺は緊張している。
本当は一人旅のつもりだったのに、日程を話したら千渡くんも一緒に行きたいと言い出した。
友人に会って俺が動揺するのはわかりきっているし、場合によっては惨めな姿をさらすかもしれない。
そんな事情もあって、同行されるのは正直気乗りしなかったが、千渡くんの要望を断るのは気が引ける。
がんじがらめになった頭で、最終的には了承した。
「どうだった……? 抜糸」
ボックスシートの席に落ち着くなり、俺は斜め向かいの千渡くんに尋ねる。彼は苦笑いだった。
「もともと動かさなければ痛みはないし、状態としてはあまり変わらないけど…。ただ、ようやく落ち着けるかなっていう気持ち。治りは順調だって」
「そっか……」
俺は背もたれに寄りかかって視線を落とした。
「礼唯」
静かな甘ったるい声がして、俺は思わず千渡くんを見た。彼としっかり目が合う。
「何度も言うけど、気に病まなくていいよ」
「うん」
「きみが勝手に罪悪感を抱くのは仕方ないけど、ぼくは望んでないから」
「……うん」
人々が席につき終わる。
平日の昼前という中途半端な時間なせいか、電車は閑散としている。
俺たちは一泊予定でリュック1つの身軽な旅だ。
あのあと、色々と捜索をしてあの友人の居場所を突き止めた。北関東の大学に進学しており、学部まで分かっている。
千渡くんに言われた。
激しいスポーツができなくなるなんて話、まだ成長途中だったのだから、その後どうなったかなんて分からない。
医者一人の診断が絶対の正解なわけでもない。医療技術だって、俺達が小学生の頃よりはずっと発展したはず。それなのに、昔の印象と伝聞だけで判断しているのはおかしいと。言われてみると確かにそうだ。
でも今さら彼に会ってどうするのだという思いもあった。
だからせめて、遠くから姿を確認する。最低限それだけは達成して次を考えるつもりだと、千渡くんには説明してあった。
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