廃リゾートホテル1週間100万円BL

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1 「気をつけてーーー!!!」  だだっ広い駐車場から出ていく軽ワゴンに大きく手をふった。運転席の番組名物ADは手を上げて軽く微笑む。  車は走り去り、やがて坂を下り木立の陰に隠れて見えなくなった。 「ふう……」  俺は息を吐き出し、振り返る。  そこには男が1人立っている。彼はリュックを背負い直してニコっと笑って言った。 「いよいよだ」  俺より少し背が高く、ガタイも良い。  目鼻立ちはくっきりして、全体的に異国情緒ただよう……うえに大学に首席合格した彼は4か国語喋れて気象予報士の資格を持っているらしい。大学二年にして一体なんだそれはと思うが、そにかくそういう男だ。  俺も笑顔を返した。 「いよいよだね! 千渡くん。一週間よろしく。今回のこと付き合ってくれて本当にありがとう。感謝してる」 「僕にもメリットのある話だから」  彼は、更に意志の強い笑顔で返してくる。最近気づいたけど、この反応が少し苦手だ。  駐車場の周囲には、でっかい横長のホテルが一棟。民家とビルが数軒あるのみ。いずれも人の気配はない。  遠くに見える山並みの見え方で、自分が標高の高い場所にいるのだと実感する。秋の空は高く清々しい。紅葉はまだ先のようだ。 「えっと……。そうだ、賞金の100万円は俺にくれるなんて言ってたけど、ちゃんと半分にしようね」 「きみの総取りでかまわないよ。礼唯に聴かなければ僕はこの番組の存在さえ知らなかった。もともときみが主導で、僕は人数合わせ」  彼は海外暮らしが長かったため、日本の現行メディア媒体には少し疎い。俺たちがこれから参加する、有名サバイバル番組についても。地方テレビ局の深夜番組から始まって、今や各動画サイトや、夏休み時期のスペシャル番組として地上波でも放映されるようになった。  日本各地のマイナー心霊スポットに挑戦者を送り込み、一週間そこで生活するというもの。心霊番組としての一面に加え、地域おこしにも協力している。再訪時の収録では、地元の名産品を紹介するコーナーもある。  ようは心霊っぽい雰囲気はあるが、実際にはあまり怖くない心霊番組だ。学校の怪談に近い。  俺は昔からこの番組の大ファンで、応募規定をクリアしたら自分でも出てみたいと思っていた。ペア参加なのだが、顔も出さないといけないため了承してくれる友達は見つからなかった。  そこで白羽の矢がたったのが大学で出来た友人、千渡くんだ。  クラウド代わりとして動画サイトに動画を残しているなんて話していたから、見に行ってみたら、顔を出している友達との自転車旅行ブイログだったのである。海外育ちということもあってか、そのへんには抵抗がないらしい。  賞金をどう配分するかは何度か話し合ったが、いまのような平行線だ。実際、お金が必要なのは俺のほう、というのは明白でその事情を彼も知っている。 「賞金がなくたって、こういった企画に参加するのは意義がある。出演だって選考ありだから、めったにできる経験じゃない。日本の著名な番組に出たなんて、のちのち色んなところで話題の種にできる。それだけで僕には賞金に匹敵するフィードバックだよ」 「そうだね、確かにめったにできる経験じゃないか」  俺は同意して会話を流した。千渡くんは頭もいいが口も達者なので、俺が彼を説得できたことはない。 (もし本当に100万円もらえたら、またそこで考えようか)  実際に手に入るとなったら、千渡くんも考えが変わるかもしれない。年に二回のこの番組、100万円の取得率は五割。今は絵に描いた餅である。 「それより、礼唯。僕との約束も覚えているよね?」  横から手を握られ、じっと見つめられた。 「約束?」 「そっちのほうが僕には大事だから」 「ああ、うん。もちろん忘れてないよ……!」 「良かった」  千渡くんは微笑んだ。各所パーツが大きいせいか、笑ったときの笑顔が神々しく見える。 「参加に協力する代わり、僕を恋人候補にしてくれるって。まさかこんなチャンスが巡ってくるなんて思わなかった」 「あはは……。たくさん親切にしてもらってるし、そのくらいは全然」 「番組の趣旨もこなしつつ、僕はこの一週間できみを射止めてみせる。そのつもりで来た」  熱っぽく見つめられて、目のやり場に困った。彼は眼力がありする。 「うん……、ありがとう」 「あまり、きみを困らせるのは良くないか。粛々とやろう」  そう言って彼は俺の手を離……すかと思いきや、頭をたれて指先に軽くキスをした。 「せ、千渡くん。こういうのは照れるって」  俺はキスされた右手をどうしていいかわからない。 「ごめん。一週間も二人で過ごせるのが楽しみで、はやる気持ちを抑えられなかった」 「幽霊探しに来たんだよ? 俺たち」 「動画撮影してないときは問題ないだろ」 「楽しそうにしてたら、幽霊だって出てくるタイミングが難しいよ」 「……まいったな」 彼は大きなため息をつく。 「幽霊側の登場まで気遣うきみ、すごく愛しい」  彼から告白を受けたのは、この番組の話を持ちかけた直後だった。  俺は動揺し、とっさに数年片思い中の相手がいると嘘をついてしまった。彼はそれを信じ、肩を落として帰った。  そして、その翌日。千渡くんは明るい顔で俺に提案をしてきた。  番組応募に協力する代わりに「友達」から「恋人候補」にしてほしい。意識してほしいと。  その時、告白されたことにまだ俺も半信半疑で、気まずくならないための冗談か実験かと思っていた。だから軽く了承してしまった。  もしも番組に出られた場合、俺の幼少のころからの夢が叶うのと同じこと。  人生のなかで、とびきりの時間を共有する。  そうしたら友達以上の気持ちを抱くかもしれない、なんて。軽い気持ちでそう彼に告げてしまったのだ。
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